迷宮の中の迷宮

 漆黒の壁をすり抜けると、そこは根の国と全く違う空気に包まれていた。なぜか、瘴気を含んだ根の国独特の空気ではなく、どこか神聖さを残している。そんな不思議な空間だった。だが、壁は脈打つように所々で動いている。まるで、壁が鼓動しているようなものだった。


「これは……、生きてるみたいに温かい……。気味が悪いな……」

 その壁を触る優一ゆういちの口から出た言葉は、おそらくそこにいる全員が感じている事だろう。ただ、その壁に触ろうとするのは優一ゆういち以外なかった。


「ここが、伊邪那美宮イザナミノミヤ。ここに、いるんだ……」

「そう。ここに国生みの神がいるの。そして、もう一人……。八雷神やくさのいかづちのかみの最後の一柱。大雷神おほいかづちのかみがその前にいるわ。その場所はこの迷宮の最深部でしょうね」

 清楓きよかの呟きを、清恵きよえが答える。その答えは予想していなかったのだろう。清楓きよかは慌てて清恵きよえを見た。


「じゃあ、今頃、無二むにたちは――」

「そうね、戦っているでしょうね。大雷神おほいかづちのかみ様は色々とお考えの神だけど、その試練を乗り越えなければ、伊邪那美命イザナミノミコトには合わせてくださらないでしょうね。ただ……」

 清楓きよかの問いに、迷わず答える清恵きよえ。だが、最後の言葉は濁していた。


「ただ? ただ、何ですか? 清恵きよえお姉さま?」

 すがるような目で見つめる清楓きよか。だが、それを清恵きよえは頭を振って答えていた。


「もう気にしても仕方がない事よ。大雷神おほいかづちのかみ様の結界は、自分の試練を越えた者だけを通すもの。つまり、雷神で、武神でもある大雷神おほいかづちのかみ様を倒した者のみが、伊邪那美命イザナミノミコトに会う事が許される。もし、豪雷ごうらい様が大雷神おほいかづちのかみ様を倒してしまわれると、清楓きよか達はその結界を越えられないのよ」

 清恵きよえの告げた真実に、出発しようとしていた足が止まる。


「つまり、豪雷ごうらい大雷神おほいかづちのかみを倒したら、その先に俺たちは進めない。そして、豪雷ごうらいが倒せなかったら、奴でも倒せなかった大雷神おほいかづちのかみをオレ達が倒さなくてはならない……。そういう事になるのか……」

 目を瞑り、天を仰ぐ優一ゆういちの言葉に、その場にいる誰もの顔に陰りが見える。十二神将の豪雷ごうらいの強さを知っているからこそ、その事実は深刻だった。


「つまり、手詰まりってわけだね? どうする? 帰る? そんなわけないよね? ここまで来たんだ。まずはその大雷神おほいかづちのかみを見てみようじゃないか」

 肩をすくめ、話しだす九頭竜くずりゅう。その顔は、明らかに清楓きよかを小馬鹿にしていた。


「行くわ、あたりまえでしょ!」

 根の国に来るまでの清楓きよかなら、その安っぽい挑発にまんまと乗っていただろう。だが、今の清楓きよかはそうじゃない。ここにきて、精神的にも成長した清楓きよかは、何が良くて、何が悪いかの判断がついてきている。


 だが、それでも清楓きよかはその挑発に乗っていた。

 それがわかる仲間たちは、皆お手上げといった顔で頷いていた。


「さあ、いくわ。とりあえず、無二むにに文句をいう事から始めましょう」

 『速足はやあし』の祝詞が清恵きよえの口から紡がれる。それと同時に、九頭竜くずりゅう隠形おんぎょうが完成した。


「あっ、清恵きよえお姉さまに目薬を――」

「いいえ、清楓きよか。見えているから大丈夫です。私もあの方に頂いております。では、ついてきてください。途中、穴に飛び降りることもあります。注意してついてきてください」

 清楓きよかの心配をすぐに切り返した清恵きよえ。その手際の良さに、白菊しらぎくの感嘆の声が漏れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る