迷宮の案内人

 その雰囲気を肌で感じたのだろう。それまでの優しいお姉さんという雰囲気を捨て去り、清恵きよえは真剣な顔で無災むさいを見る。その瞳はそこにある何かを見るように。


 深く澄んだ翡翠の瞳が、無災むさいを半歩下がらせる。だが、その雰囲気は後から来る男を見て変化していた。


清恵きよえ様、ご無事で何よりでした。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。彼らをあのままにはしておくのは偲びなかったので……」

 無災むさいの後ろからやってきた優一ゆういち。頭をかきながら、無災むさいを追い越し、清恵きよえの前に進み出る。その後ろから正吾しょうごも共について来る。


「まあ、優一ゆういちさん。正吾しょうごさんも。お元気そうね。そしてありがとうございます。彼らには朋読神社のみそぎの水をかけてありますので、このまま取り込まれることはないでしょう。ですが、ご懸念の通りです。すでに蘇生は不可能です。十二神将である豪雷ごうらい様の見立てでは、魂が耐えられないとのことでした」


 それが答えという意思があるのだろう。清恵きよえがちらりと無災むさいを見る。だが、その無災むさいは、その事にただ手を合わせて感謝するだけだった。


 そのやり取りを聞いていた清楓きよか


 隣にいる白菊しらぎくと共に、すでにその顔つきを変えていた。その雰囲気を察したのだろう。まだ腕の中にいる末の妹の顔を、清恵きよえはまじまじと見つめている。


「いい顔になっているわ、清楓きよか。それに、白菊しらぎくも。二人共、本当に成長したのね。お姉さん、うれしいわ。これも、あの方のおかげなのかしらね」


 漆黒の壁の内側を見る清恵きよえ。それはそこに彼らがいる証なのだろう。その事を、清楓きよかは敏感に察していた。


無二むにに会ったの? 無事だったの?」

 まだそこから見上げる清楓きよかの顔。その隣で同じ顔を向ける白菊しらぎく。二人の顔を交互に見つめ、清恵きよえは花のような笑顔になる。


「ええ、無事ですよ。あの方は今、この伊邪那美宮イザナミノミヤをご案内されているわ。本当は私の役目なのだろうけど……。でも、あの方に言われました。『ここで清楓きよか達を待ってほしい』と。しかも、『俺はここを知っている気がする』とおっしゃっていました。半信半疑でしたので、途中までご一緒して驚きました。私がこれまで調査していた全ての道を、あの方はご存知でした。本当に何から何まで……。あの豪雷ごうらい様もおっしゃっていました。神人と見間違う強さだったと……。そう言えば、その事を優一ゆういちさんに話しておくように言われました。『これは、貸しだ』とおっしゃっていましたよ」

 清楓きよかから優一ゆういちに視線を移し、清恵きよえは楽しそうにそう告げる。


「なんでも、豪雷ごうらい様がご休息されている所まで、伏雷神ふすいかづちのかみをつれて行ったとか。おかげで楽しみが増えたとおっしゃっていましたね。ふふっ。『貸し』とおっしゃってみたり、『楽しかった』とおっしゃってみたり。ほんの少しご一緒しただけですが、豪雷ごうらい様とそのお仲間は皆さま楽しい方でしたよ。そうそう、そう言えば……。和葉かずはさんというくノ一さんだけは、ずっと怒っていましたね。あの方に出番を取られたからですね。それは仕方がないことだと、言ったのですが聞いてくれませんでした。『仇に借りを』とばかりで……。何かあったのでしょうか? 聞いてもそれは教えてくれませんでした。薬師くすし市津いちづさんは笑っていましたけど……」

 楽しそうな雰囲気で話していたが、最後の方になると、清恵きよえからは不満そうな雰囲気が漂っていた。


 コロコロと変わる表情や雰囲気。それは、見ている者の気持ちをほぐしてくれる。そんな清恵きよえの顔を、清楓きよかはじっと見つめていた。


清恵きよえお姉さま。アタシたちを無二むにの所まで連れて行ってください」


 翡翠の瞳が真剣に語らう。


 その無言のやり取りの末に、清恵きよえはようやく頷いていた。

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