根の国での再会

 洞窟宮殿を思わせる入り口。火雷神ほのいかづちのかみが立っている所はまさにその場所の前だった。そこから少し上がるように石段が数段組まれている。


 ただ、その先は別空間になっているのだろう。そこには漆黒の壁がそびえ立つ。だが、時折揺らぎを見せるその壁は、結界のようなものなのだろう。


 招かざるものを寄せつめぬためか、中から出ることを拒むためか。清楓きよか達にはそれは分からないが、そこから声はしていた。


 その時、階段の脇にある空間が、まるで波紋のような揺らぎを見せる。そこから淑やかに出てきたのは、間違いなく巫女装束の女性だった。


清恵きよえ姉さま!」

 駆け寄り、その胸に飛び込む清楓きよか。あまりに子供っぽいその姿に、白菊しらぎくはあきれ、正吾しょうごは眼を大きく開いていた。


「まあまあ、清楓きよか。はしたないですよ」

 慈愛の瞳で末の妹を見る彼女は、女性らしさにあふれていた。そしてそれはもう一人近くにいたものを刺激していた。


「おお、貴女こそ巫女の中の巫女。神々しいまでの気高さ。母神と見紛うまでのその母性。すばらしい! いや、失礼。僕は九頭竜くずりゅう。あの名門九頭竜家くずりゅうけの御曹司だよ。この僕が来たからには安心してください。貴女をこの国から救うためにはるばるやってきました」

 両手を広げ近づく九頭竜くずりゅう。爽やかな笑顔をたたえて近づく姿は、次の瞬間には苦痛の顔に変わっていた。


「まあ、清楓きよか。反射結界を使えるようになったのですね。すごいわ。頑張ったのね」

 苦痛にのた打ち回る九頭竜くずりゅうには構わずに、振り返った清楓きよかは満面の笑みで清恵きよえを見上げる。


「はい、清恵きよえ姉さま。今は色々出来る気がします」

「そう、よかったわ」

「いや、ちっともよくない! 痛いじゃないか! 何するんだ!」


 抱き合った清楓きよか清恵きよえの語らいを邪魔する陰陽師。だが、さっきの事が懲りたのか、一定以上には近づかない。


清恵きよえ姉さまに近づこうとするかです。清恵きよえ姉さまは立派な方なのです。私たちの理想のお姉さまです。クズが話しかけて良い方ではありません。清楓きよかが張った結界が、ようやくクズでも存在していいギリギリの範囲です」

 それはまるで汚物を見る視線。無表情の白菊しらぎくが、九頭竜くずりゅうに向けていたのはそれだった。


「まあ、白菊しらぎくもお久しぶり。白菊しらぎくがこんなにも優一ゆういちさんと正吾しょうごさん以外の男の人とお話しするなんて、お姉さんもびっくりだわ。根の国って、時間の流れ方が違うのかしらね」

 近くに来る白菊しらぎくの頭をなでる清恵きよえ。だが、その言葉に食って掛かる者がいた。


「いや、おかしいだろ? いや、いや、おかしいだろ? 今のは、どう考えても話しじゃないだろ? 侮辱だろ? どう考えても、喧嘩売ってるとしか思えないだろ?」

 必死に訴える九頭竜くずりゅうは、また清楓きよかの結界に阻まれている。しかも、さっきよりも勢いがあった分、その体に痛みが増しているようだった。


「おかしいとは何事ですか。では、仕方ありません。一応回復はしてあげます。その代り、一回死んでください。ああ、でも私、まだ蘇生術ができません。ですので、出来るようになったらまた来ます。それまでは、正吾しょうご兄様達が隠している方たちと一緒に並んでいてください」

 さらに蔑んだ瞳を向ける白菊しらぎく。だが、それさえもにこやかに笑う清恵きよえだった。


「すごく仲がいいのね。羨ましいわ」


「どこが!」「そうではありません」

 すぐさま飛び込んでくる否定の言葉。だが、それさえも清恵きよえはにこやかに受け止めていた。


「ほら、息もぴったりよ」

 その言葉に、結界を挟んで視線を戦わせる二人。だが、そのやり取りも、近づく男の言葉で終わりを告げる。それまであった和やかな雰囲気と共に。


「朋読の巫女姫、十二神将の豪雷ごうらい殿は今どこに?」

 強面の顔を更にこわばらせた無災むさい優一ゆういち達と共に遺体を脇に隠した後、仮の埋葬を終えた彼は、まずその事を訪ねていた。

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