第四章  伊邪那美宮

その後に続く者

 黄泉平坂よもつひらさかを越え、根の国に向かった清楓きよか達。真っ先に目にしたのは、析雷神さくいかづちのかみがいた所にある結界が、新しい封印結界で隔離されている事だった。


 しかも、その護衛の任についているのは、出会いの酒場で幾度も目にしている顔が混じっている。向こうも清楓きよか達に気づいたのだろう。親しげに手を振っている者もいた。だが、清楓きよかはそうした者達には一切目もくれずに歩いていく。優一ゆういちがそれに答えていくだけで、その他の者も皆真剣な顔で根の国に顔を向けていた。


「そんな顔するなよ、お嬢。アイツ等だって志願してきたんだってよ。お園が言ってたぜ。お嬢の行動が、皆の意識を変えたんだろうって。なんにせよ、無関心だったアイツらが、ここを守る意思を示すきっかけになったのはお嬢の心意気ってやつだよ。まあ、正直今更って気は分かるぜ。だがよ、アイツ等が気にくわないのは分かる。だが、間違いを認める勇気だけは認めてやりな。でないと、ここからあふれる根の国の住人から、現世を誰が守るんだ? 伊邪那美命イザナミノミコトと話すなり、倒すなりしても、根の国は無くならないぜ。むしろ、統制が効かないものほど危ないんだ」

 その言葉は、清楓きよかにとってもう何度か言われた言葉だった。だが、頭では分かっても、感情が許さない。その意思を示すかのように、清楓きよかは沈黙を貫いている。


 そして、始終黙ったまま、清楓きよかは根の国に入っていた。



***



 天文院が作った地図に間違いはなく、隠形おんぎょうを維持しながら根の国を移動する清楓きよか達。だが、それを可能にしたのは無二むにが残した目薬だと言ってもいいだろう。全員消えても、仲間の姿は見えている。だから、一丸となって移動することが出来ていた。


 無二むに白菊しらぎくに渡した数々の品物の中で、これほど安心できた品は無いのかもしれない。


 だが、何よりもその包みが秀逸だった。見た目は小さな包みだが、中には高位の術が施されている。その包みよりも大きいものさえ、難なくそこに入っていった。最初驚き、感動した白菊しらぎくも、今では中に様々なものを入れている。


 そして包みには、目薬の他にも高価な品が入っていた。


 その中でも強壮薬と呼ばれる物を見つけた白菊しらぎくは、それを先ず全員に配っていた。それは神人の手によりつくられる最高の薬。各自の潜在能力を超えて能力向上を促す奇跡の薬。


 通常一般に出回ることのないその秘薬を、無二むにはその包みに六人数分入れてあった。だからだろう。時折鼻が利く根の国の住人と戦っても、清楓きよか達は全く苦戦せずに勝利していく。

 無二むにが残してくれた物。再び根の国に戻った清楓きよか達にとって、それが確かな力となっていた。


 そして、もう一つ。


「あったぜ、こっちだ。こっちから向こうに続いている」

「ちょっと遠回りじゃないか? 地図だとたしか、あっちの樹に向けて歩く方が近い気がするが?」

「やめとけ。アイツが意味なくここに苦無くないを残すはずがない。アイツだって地図は頭に入っている。それでも、こっちだというんだ。ここは素直に従っておけ。さっきそれで痛い目を見ただろ? お前の術も無限じゃない。ここぞという時に戦えなければ、『それでも九頭竜くずりゅうか!』って言われるぞ?」


 優一ゆういちが見つけ、指し示すもの。それは無二むにが残した苦無くないだった。迷わないように分岐路で必ずついている。それを辿っていくことで、清楓きよか達は迷わずそこにたどり着く。


 亡者ひしめく根の国で、最小限の戦いだけしか行わずに。


***


「何なの……。これって……」

 その場所についた途端、清楓きよか達はその光景にただ絶句するしかなかった。


 数多くの屍が、それを中心として広がっていた。屍の中心に立つそれは、地獄絵で描かれる閻魔大王のような姿。析雷神さくいかづちのかみや、黒雷神くろいかづちのかみよりもさらに巨大な体躯。

 だが、その体には多くの傷が残されている。胸を袈裟懸けに切られた大きな傷跡、そして衣服の切れ目から見える焼け焦げた肌が、そこでの戦いの激しさを物語っていた。

 しかも、立ったまま絶命しているのだろう。その姿からはすでに魂は抜け落ちている。両腕は切り落とされているものの、決して膝をつかなかったに違いない。死してなお、その猛々しさを現すように。



「なあ、あれって……」

火雷神ほのいかづちのかみであろうな。そして、ここに倒れている者達は天文院の者達。彼らは、ただこの神の魂を求めて協力しておった故に。だが、実力が足りなかったようですな」


 優一ゆういちの言葉を、めずらしく無災むさいが続けて答えていた。氷の瞳を屍に向けながら。


 ただ、それは誰の眼にもとまらない。その言葉の真意を得るために、全員が九頭竜くずりゅうの方を見ている。


 いきなりの注視はやはり苦手なのだろう。少し挙動不審に見えた九頭竜くずりゅうは、少し待つように片手を前に押し出していた。


 ただ、それもすぐに終わる。さっきの動揺を落ち着かせた九頭竜くずりゅうが、今度は自信に満ちた姿を見せていた。


「この僕が知るわけはないだろう? 第一僕は九頭竜くすりゅうなんだ。こんな下っ端など知らないよ。僕くらいになると、天文院の中枢とは完全に別行動だからね。なにせ、僕はあの名門九頭竜家くすりゅうけでも、他の兄たちとは全く別行動が許されている者だからね」

 明らかに目を背ける九頭竜くずりゅうに、全員疑惑の目を向けている。だが、彼はそれを避けるかのように、その階段を昇ろうとしていた。


「お待ちください、陰陽師様。そこから先は、死の迷宮。案内無しでは、たどり着くことすらできませぬ」

 その行く手を遮るかのように、涼やかな声が聞こえてくる。その聞き覚えのある声に、清楓きよか達は一斉に声のした方を見つめていた。

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