覚悟

 清楓きよか達がそこについた時には、無二むにはその巫女を背負って待っていた。

 まだ、伏雷神ふすいかづちのかみは来ていない。だが、無二むに優一ゆういち達が来た方角に目を向けている。より正確に言えば、桃の回廊のすぐ横にある岩山。その頂を注視していた。


清華すみか姉さま!」

 駆け寄る清楓きよか白菊しらぎく。だが、清華すみかは小さく早い息を、ただ無二むにの背で繰り返しているだけだった。


「油断はできないが、今は何とかもっている。おそらく、呪いのたぐいを受けているのだろう。だが、手持ちの解呪薬を飲ませても、解毒薬を試しても、生命力減少は止めれなかった。白菊しらぎくの継続生命回復術を使いつつ、一刻も早く地上に出て本格的な解呪が必要だろう。だが、あまりこの体に負荷をかけることは厳しい。回復を併用しながら、慎重に戻るべきだ」


 そこで一拍置いた無二むに。ただ、その言葉を告げるために。


「ただ、先を急ぐのであれば、ここで見捨てるという考えもある。もし、迷うならそうするべきだろう。引導は俺が渡す。これ以上苦しませるのは忍びない」

 淡々とした口調。いつもと変わりのない様子。その事が、聞く者すべてにその言葉の意味を理解することを遅らせていた。


 一瞬、清楓きよかは何のことを言われたのかわからなかったに違いない。自らの役割を行使している白菊しらぎくも、一瞬その言葉に目を見開く。


 だが、理解が追い付いた清楓きよかは、その手を無二むにの頬に打ち付ける。

 まるで打ち水をするような、清々しい音色があたりに響く。ぶった清楓きよかは涙目で、ぶたれた無二むには平然としている。まるで反対の様子だが、無二むには、その顔を戻しつつ、いつも通りの眼を向けていた。


 睨む清楓きよかを、まっすぐに見つめる紺碧の瞳で。


「なら、ここは帰る・・という意志を貫くことだ。今ここで何があっても、何が起ころうとも」

 進み出る優一ゆういちに、清華すみかの体を託す無二むに。そしてそのまま清楓きよかに背を向けていた。


 その意思を感じたのだろう。優一ゆういちは小さく「すまない」と言って歩き出す。


 無二むにの向く、根の国奥とは反対側に。


 その時、継続回復を唱えた白菊しらぎくは、そっと無二むにの手を握っていた。その手の温もりに、白菊しらぎくの顔を見た無二むに。おもむろに自らの懐に手を入れて、そこから小さな包みを取り出していた。


「これを――。きっと役に立つ」


 無理やり手をほどき、それを白菊しらぎくに押し付けると、無二むに白菊しらぎくの体を反転させ、その背中を軽く押していた。


「何? 何が、どうしたの?」

 一体何がどうなっているのか、清楓きよかには理解できなかったのだろう。無災むさい九頭竜くずりゅうが無言で立ち去っていく姿を見て、ますます混乱に拍車がかかっていく。


 それを見かねた正吾しょうごが、清華すみかの体を優一ゆういちから受け取っている。そして、優一ゆういち清楓きよかの前に立っていた。


「お嬢、すまん」

 短くそう告げた優一ゆういち。その意識を奪うため、その固く握った拳で、清楓きよかに当て身を加えていた。その途端、短い苦痛の叫びを残し、清楓きよかの意識はそこで途絶える。


「死ぬんじゃないぞ」

「その趣味はない。だが、帰りは帰りで危険だ。一応、目印は残してある。それを辿ればいいだろう。先に進む目印も用意しておく」

 背中同士の会話が終わり、無二むにが刃を抜き放つ。圧倒的な気配が迫りくる中で、その青白い輝きと蝶の舞は、幻想的な姿を見せつけていた。


「行け!」

 そう告げて、無二むにはその先に走り出す。青い光の軌跡が、薄暗い闇の向こうに伸びていき、蝶がそれを追っていく。


 まるで、死を運ぶもののように。

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