黒雷神5

 黒雷神くろいかづちのかみの亡骸から、光の珠が浮かび上がる。それは何も言わないまでも、その屈辱にゆがんだ顔を見せるかのようだった。数度瞬き、根の国の奥に飛び去っていく。析雷神さくいかづちのかみと違い、そこに眠る姿があるかのように。


「やったのね……」

 白菊しらぎくに支えられた清楓きよかが、青白い顔でそれを見て呟いていた。周囲には敵対しそうな姿は見えない。だが、優一ゆういち達は油断なく周囲を窺っている。


 その中を、無二むにはゆっくりと歩いてくる。


「大丈夫なようだな」

 清楓きよか白菊しらぎくの傍に来た無二むに。いつになく真剣な顔で二人を見つめる姿に、白菊しらぎくは顔を隠し、清楓きよかは思わず俯いていた。


「はい、ありがとうございました。でも、無二むにさん――」

 顔を背けながらも、礼は告げる白菊しらぎく。そんな白菊しらぎくの様子を、清楓きよかは不思議そうに眺めていた。


白菊しらぎくもまだ全快じゃないはずだ、自分自身とあの二人に回復を。まだ距離があるが、こっちに来る気配がある。おそらく逃げた二人が引き連れてくるのだろう。しかし、けっこうな距離を逃げたみたいだ……。もうしばらくはかかるにしても、合流して、すぐに他に移った方がいい。この場所が持つ神聖な雰囲気はすでにない。おそらく黒雷神くろいかづちのかみを縛ることにその力のすべてを使っていたのだろう。奴らが来る前に、俺はこの近くで、しばらく休めそうなところを探してくる」

 それだけ告げて、瞬く間に姿を消す無二むに白菊しらぎくがそれ以上無二むにに礼を言う暇も与えぬ間に。


 その雰囲気を感じたのだろう。周囲を警戒していた正吾しょうご優一ゆういちが、二人の所に集まっていた。


「お嬢……。無事でよかった……。嬢ちゃんも、ありがとな」

 清楓きよか達の無事と、白菊しらぎくの全体回復の力で回復した優一ゆういちは、胸を撫で下ろしながら白菊しらぎくに感謝の言葉を告げていた。正吾しょうごもまた、その気持ちを言葉にしている。


 だが、清楓きよかの表情はさえなかった。


「ねえ、一体何がおきたの? どうやって黒雷神くろいかづちのかみに勝ったの?」

 清楓きよかが覚えていることは、黒雷神くろいかづちのかみの攻撃が自分たちに襲い掛かったことまでのようだった。

 その間に起きたことを順に説明する三人。とりわけ優一ゆういちは自分の見たことを信じられない事のように話していた。ただ、一部真実は伏せている。


「でも、事実です。無二むにさんが使ったのは武神の霊薬だと思います。一度それを見たことがあります。ただあれは、神人が持つと言われる回復の薬です。私達では作ることもできない霊薬……。意識が無くても、それだけは分かりました」

 それは薬師くすしである白菊しらぎくが、初めて見せた苦渋の顔。普段表情を無くしているように見える彼女は、あまり感情を表に出さないようにしているのだろう。だが、この時ばかりは違っていた。それは、彼女がその事に思い入れが強いことを示している。


「意識が無くても他人に使えるの? すごいじゃない」

「いえ……、まあ……、そうですね。そうだと……いい……かな……」

「いや、あくまであれは本人用だ。だが、一度本人が口に含めば、そこから他人にも飲ませられる」


 だが、その顔も次の瞬間にはなくなっていた。帰ってきた無二むにが、その姿とその言葉を告げたことで。


 瞬時に固まる四人。だが、そんな事はかまわずに、無二むには自分が得た情報を告げていく。


「向こうに同じような桃の樹の躯がある。そこにあるうろなら比較的安全に休めるだろう。とりあえず、反対からクズ達がつれて来る根の国の住人達を片づけてからだが……」

 遠くを見る無二むにの視線。その先に、土煙を上げてこちらに向かってくる者たちがいる。

 もう間もなくこの場所までやってくる。その気配に、優一ゆういち正吾しょうごは互いに顔を見合わせて歩き始めた。


 それを見て、黙って立ち上がる清楓きよか。色々思う事があるのだろう。無二むにの顔を睨んでいる。そして、まだ十分に回復していないのも事実だった。瀕死の重傷だった彼女は、思わずそこでふらついていた。


 すかさず伸びる無二むにの手。


「ありが――」

清楓きよか、もうわかったはずだ。これから先は進まない方がいい」


 戸惑いを見せる清楓きよかの言葉を遮って、無二むにが珍しく強い調子で話しかける。


 その言葉は、清楓きよかだけに告げたもの。そばにいた白菊しらぎくだけが聞くことのできた、小さな無二むにの提案だった。

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