黒雷神4

 黒雷神くろいかづちのかみの一撃は、片膝をついて無防備な頭をさらしている正吾しょうごの頭蓋をたたき割る。きっとその未来を、黒雷神くろいかづちのかみは思い描いていた事だろう。


 だが、その愉悦をたたえた顔は、目の前の結果に歪んでいく。


 黒雷神くろいかづちのかみの巨大な斬馬刀。その幅広い刃の側面を、無二むにが刃を打ち付ける。その出会いは想定していなかったことだろう。金属同士があげる悲鳴が、けたたましく鳴り響く。


 そしてもう一つの衝突もまた、同じような声をあげていた。


 正吾しょうごの目の前に立った優一ゆういちの鉄槌が、黒雷神くろいかづちのかみの斬馬刀の軌道を逸らす。元々直撃は無二むにの一撃で避けている。だが、黒雷神くろいかづちのかみ無二むにとの力の差がありすぎた。


 そらされた軌道はごくわずかでしかない。ただ、わずかに頭をそれたに過ぎない。


 だから、優一ゆういちの鉄槌が、黒雷神くろいかづちのかみの斬馬刀を滑らすように受け流す。そうすることで、さらにその軌道を変えていた。


 虚しく地面を掘る斬馬刀。


 土煙を上げて視界を悪くしている中、それを信じて行動していた清楓きよかが、高らかにそれを宣言した。


「全体解呪!」

 自らもその効果にあったことだろう。だが、何とか持ちこたえた清楓きよかが、その影響を打ち消していく。そこにいる全ての者が、恐怖と絶望を克服するために。


 その結果、正吾しょうごは再び立ち上がることが出来ていた。


「やりよる、やりよる。そうで無くては楽しめぬ。だが、心卑しきものどもは、この場に戻ってこられまい。どうする? ニンゲン。俺の手下もすでにいないが、お前たちも半分になった。しかも、攻撃の要とも言うべき術師がいないようでは、この俺に勝つことはできまい。フハハハ! どれ、もう一度思い知らせてやろう。不遜なニンゲンが、この俺に刃向かった愚かさを!」

 めり込んだ刃を引き上げて、黒雷神くろいかづちのかみは高笑いをあげている。

 だが、土煙の中突き出た刃をとっさに感知し躱していた。


「ちっ、ちょこまかと! ええい、煩わしい小虫めが! しかも、この臭い! ええい、鬱陶しい!」

 土煙は根の国の風に吹かれてすでに拡散している。だが、どこからともなく沸いた煙に、黒雷神くろいかづちのかみはその姿をとらえきれないようだった。


「煙幕か、やるなアイツ。だが、この臭いはひどいな」

 優一ゆういちが感嘆の声をあげた時、体勢を立て直して正吾しょうごが再び黒雷神くろいかづちのかみを釣る。その結果、黒雷神くろいかづちのかみはまたもや無二むにの姿を見失っていた。


「ならば、まとめて片付けてやる。くらえ、黒旋風斬!」

 自らも一度後ろに飛び、煙幕の中から飛び出る黒雷神くろいかづちのかみ。そのまま斬馬刀の切っ先を一旦後ろに流していた。


 それはまるで居合の型。しかもそこで一息入れて力をためたのだろう。次の瞬間、そのまま巨大な刃を水平に薙ぎ払う。


 凄まじい速さで繰り出された一撃は、耳をつんざく音と共に襲い掛かる。


 それは切り裂かれた空間の痛み。痛みで悲鳴を上げる空気の刃が、優一ゆういち達全員を襲っていく。


 それを先頭でまともに受けた優一ゆういち正吾しょうご。威力を少しでも弱めようと、優一ゆういちは歯を食いしばって体全体で受け止めていた。

 

 しかし、その勢いは止まらない。


 優一ゆういち達はそれで倒れそうになるのを何とかこらえていたが、後ろにいる二人はさすがに倒れ込んでいた。


白菊しらぎく殿! 清楓きよか殿!」

 優一ゆういちのように自ら盾となりつつも、正吾しょうごを包む独特の結界はその攻撃を一時はじいていた。だが、その衝撃は完全に防ぎきれなかったのだろう。余波が二人を飲み込んでいく。


「お嬢! 嬢ちゃん! このクソ野郎!」

 鉄槌を支えに何とか立ち上がった優一ゆういち。顔だけ振り返り、怒り心頭でそう叫んだ優一ゆういちが見た姿。


 それは、いつの間にかそこに戻っている無二むにの姿だった。しかも、倒れた白菊しらぎくの半身を抱えながら、何かを口移しで飲ましていた。


 その瞬間、回復の光が白菊しらぎくを包む。元々継続回復効果をもっているが、無二むにが飲ませたものの効果で、白菊しらぎくは意識を取り戻す。


清楓きよかを頼む。まだ間に合う」

 そう告げて消える無二むに。顔を真っ赤にしながらも、その意味を理解したのだろう。そのままの姿勢で白菊しらぎく清楓きよかに回復術をかけていた。


「ん? それは霊薬か? お前が何故それを持つ? いや、どこに――」

 無二むにの行動を訝しむ黒雷神くろいかづちのかみ。だが、その姿を見失った黒雷神くろいかづちのかみは、その言葉を最後まで言えずにいた。


 周囲をさがす黒雷神くろいかづちのかみ。だがそれは、白菊しらぎくが唱えた回復が、効果を見せた時に終わっていた。


「まず、おとなしくしてもらう」

 黒雷神くろいかづちのかみの耳元でそう告げた無二むに。次の瞬間には優一ゆういちの隣に現れていた。


「その怒りを、思う存分に振るえばいい。あとは任せる」

「ああ、本当にオマエはよくわかっているな」

 無二むにの言葉を端で聞き、怒りの形相で黒雷神くろいかづちのかみを見る優一ゆういち。その姿は、まさに怒髪天を衝くというもの。


 痺れた状態で動けない黒雷神くろいかづちのかみにゆっくりと近づくと、鉄槌を黒雷神くろいかづちのかみめがけて叩きつける。


 それは優一ゆういちの怒りが見せた奇跡の業。これまで受けた傷諸共、そのまま鉄槌を通して黒雷神くろいかづちのかみを襲っていく。


 その威力はすさまじく、体中から血を噴き出す黒雷神くろいかづちのかみ。その痛みは想像を絶するものだったのだろう。この時初めて、黒雷神くろいかづちのかみは苦痛の悲鳴を上げていた。


 両膝をおり、両手を大地につく黒雷神くろいかづちのかみ


 その姿は、まるで優一ゆういちに土下座をして許しを請うようにも見える。


 だが、まだ黒雷神くろいかづちのかみは生きていた。


「許しを請う相手が違う。出直してこい」

 そう告げた無二むにの声が聞こえたとは思えない。その時すでに、黒雷神くろいかづちのかみの首と胴は永遠の別れを告げていた。


 そして、黒雷神くろいかづちのかみは倒れる。額づくぬかづくようなその姿を、一命を取り留めた清楓きよかは、ただ呆然と見つめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る