黒雷神3

 時に詠唱準備を行う陰陽師の術の数々、どうしても敵の注目を集めてしまう。だが、清楓きよかはあえてそうすることで、白菊しらぎく無災むさいへの注目を集めないようにしていた。


 作戦の時に清楓きよかが告げた『好きにしていい』という言葉で、九頭竜くずりゅうは己の術を好き放題にうち放っていた。


 それはもう、意気揚々。嬉々として術の数々を繰り出している。一人悦に入る様は、隣にいる無災むさいの苦笑を招くほどに。


「お主、そろそろ控えぬと狼どもが尻に噛みつきに来るぞ?」

「確かに、それもそうだ……」


 準備をして、強大な術を放つ九頭竜くずりゅうの危険は変わらない。それは彼が一番よくわかっているだろう。


 だが、その全てを優一ゆういちが自分へと書きかえる。そもそも、彼や他の仲間を狙おうとする敵の眼を、全て自分へと向ける。それが優一ゆういちの示す役割だった。


「安心しろ、九頭竜くずりゅう。オレが全部引き受けてやるぜ」

 おそらくそのやり取りが聞こえたのだろう。前にいる優一ゆういちが、振り返ってそう叫ぶ。しかも、その言葉を示すように、敵全体を引き付ける。


「よし、任せた。僕の華麗な術を、その最前列で観賞したまえ! まったく! 無災むさいが余計な事を言うから、時間を無駄にしたじゃないか!」


 そして、優一ゆういちはその全ての攻撃を受け止め、ひたすら攻撃を耐えていた。


 だが、その中でも、黒雷神くろいかづちのかみの攻撃だけは別格だった。その一撃で、必ず片膝をつく優一ゆういち


 だからだろう、黒雷神くろいかづちのかみの攻撃を抑えるのは、正吾しょうごの役割となっていく。優一ゆういちがひきつけた後、正吾しょうご黒雷神くろいかづちのかみのみを自分に引き付ける。そうすることで、バランスを取っていた。


「やるな、ニンゲン。我が一撃をもってしても倒せぬとは」

 黒雷神くろいかづちのかみの感心したような声が響いてくる。その攻撃の手を休めず、ひたすら正吾しょうごを相手に戦う黒雷神くろいかづちのかみ


「拙者の気合を侮るものではない。『心頭を滅却すれば、火もまた涼し』の如しだ」

 槍を己の前につきだし、さらに、黒雷神くろいかづちのかみを誘う正吾しょうご


 その正吾しょうごを、黒雷神くろいかづちのかみは静かに見下しニヤリと笑う。


 自己を回復させた黒雷神くろいかづちのかみが大きく息を吸い込んだのと、無二むにが大鬼の首をかき切ったのは、まさに同じ時だった。


 その瞬間、まるで吹き荒れる風が清楓きよか達を襲っていた。それは黒雷神くろいかづちのかみがあげた恐怖の咆哮。

 一見ただの大声のように見えるが、それは聞く者の魂を揺さぶるような響きを持っていた。


 大声の過ぎた後に、それは突如やってきた。恐怖と絶望を呼び起こすものが、心の奥から鎌首をもたげるように……。


 必死に耐える清楓きよか達。だが、術に集中していた無災むさい白菊しらぎく、そして術の準備をしていた九頭竜くずりゅうは、それに抗う事が出来なかった。


 そしてもう一人。


 ただ一人で、黒雷神くろいかづちのかみを引き付けていた正吾しょうごが、その影響を最も強く受けていた。


 脱兎のごとく駆けだす九頭竜くずりゅう無災むさい。それぞれ、何に恐怖したのかわからない。ただ、恐怖して逃げ出した九頭竜くずりゅうは、なぜか『僕の術がぁ!』と叫んでいた。


 それを視界の端に捕らえ、愉悦の笑みのまま黒雷神くろいかづちのかみは巨大な刃を振りかぶる。体が硬直して動けない正吾しょうごを見つめて。


正吾しょうご兄様!」

 白菊しらぎくがあげた悲鳴は、体が麻痺して動けない正吾しょうごの絶望を意味している。

 おそらく彼女も、恐怖から逃げ出したい気持ちに駆られていたに違いない。すでに逃げている二人同様、そうなってもおかしくはない状況だった。


 だが、彼女はその瞬間を見たのだろう。正吾しょうごがそれに耐えられずに片膝をついたことを。


 それにより、いったん心の奥から湧き起った絶望と恐怖を、彼女は振り払う事に成功する。皮肉にも、それ以上の絶望と恐怖が目の前に現れたことによって……。


 だが、体はまだ自由に動かない。

 

 そして、その刃は振り下ろされる。動けずにいる正吾しょうごに向けて。

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