黒雷神2

 その叫びは、人々の心に恐怖を宿す。


 黒雷神くろいかづちのかみの叫びは、一瞬でそこにいる者の心を縛っていく。心の弱いものほどその影響を強く受け、その呪縛に打ち勝たなければ動けない。最悪な場合は、背中を見せて逃亡する。


 かつて黒雷神くろいかづちのかみを封印した修験者が、記録としてそう残していた。


 旅立つ前、父である新井黒海あらいこっかいからその事を伝えられていた白菊しらぎくは、作戦の時にそれを告げていた。だからだろう、それが来ることを想定し、戦いが始まると全員歯を食いしばってそれに備えていた。


 そして、戦いが始まると、黒雷神くろいかづちのかみはその叫びを轟かすために大きく息を吸い込んでいる。


 ――来る。


 誰もがそう思って身構えた瞬間、漆黒の影がその喉元を切り裂いていた。


 しのびが使う多種多様な技の中で、痺れ切りという技がある。その中でも、数々の付加価値を持つ技を熟練のしのびはもっている。おそらく、無二むにが使ったのはその技なのだろう。


 たちまち黒雷神くろいかづちのかみの喉は潰れる。


 同時に痺れ効果も全身に及んだのだろう。忌々しそうな眼を、それを成した無二むにに向けて睨んでいた。それにつられるように、その他の者たちも一斉に無二むにを見ていた。


 狙いは無二むに。そう告げているように。


「でかした! 無二むに! オラオラ! こっちこいよ!」

「かかってくるがよかろう」

 すかさずそこにいる全員を挑発する優一ゆういち。それに合わせて、正吾しょうご黒雷神くろいかづちのかみのみを標的として釣り上げる。


 その瞬間、無二むにに向いていた憎悪の瞳が、無理やり正吾しょうごの方に向けられていた。


「詠唱破棄! つづけて無災むさい!」

 清楓きよかの声がその先の行動を告げていく。それを見越した行動を、白菊しらぎく無災むさいはとっている。


 最初に唱えた白菊しらぎくの継続回復は、薬師くすしが持つ徐々に体力が回復する呪文。そして、無災むさい回向文えこうもんの効果は黒雷神くろいかづちのかみの仲間の体力を奪うと同時に、清楓きよか達を回復する。


 攻撃を一手に引き受ける優一ゆういちの体力も、その二つが合わさることで、まだ深刻な状態とはなっていない。


 今回も、それが戦う上でとても重要な要素になっていた。


 そもそも、清楓きよかの『詠唱破棄』の効果がつくまでは、回復役はろくに回復することはできない。『効果の高い術を行使するには危険を伴う』という事を、この世界で生きるものは、よく知っている。


 優一ゆういち達と違い、白菊しらぎくは固い金属製の鎧は身に着けていない。しかも、己の体を鋼とする技もない。そして、大きく回復する術は発現するまでに時間がかかり、集中しているその間は完全に無防備となる。


 もし、魔狼の一匹でも優一ゆういちを無視して越えてきたらどうなるか。それは火を見るよりも明らかだろう。


 詠唱に専念する白菊しらぎくは、回避もできぬまま瞬時に絶命する。


 それを防ぐためには、優一ゆういち達がひきつけることと、回復役が標的にならない事が重要だった。


 そもそも、戦う上で役割があり、それぞれの役割がとても重要な意味を持つ。


 優一ゆういち正吾しょうごのように敵を引き付ける者。

 九頭竜くずりゅう無二むにのように敵を攻撃する者。

 白菊しらぎく無災むさいのように味方を回復する者。


 大きく三つに大別できるその役割。だが他に、とても重要な役割がある。


 ――味方を補助する者。それが清楓きよかの役割となる。

 

 そして、清楓きよかのように味方の補助をする者は、居るといないでは大違いと言っていいだろう。


 ただ、敵がどう狙うかは別な問題も含んでいる。完全には分からないが、その効果を敵がどう思うかによるところが大きいのだろう。


 当然、効果の大きい術や技は、敵は何としても止めておきたい。中でも回復と蘇生は最も重要といえるだろう。清楓きよか達がそう思うように、黒雷神くろいかづちのかみ達もそうに違いない。


 だから、巫女である清楓きよかが唱える『詠唱破棄』は、とても重要なものだった。


 ただ、相手にとって目障りなその状態は、たびたびその効果を打ち消されていく。


 特に自己強化する技を多用すると、その危険性は増していた。それをうち消す技を誘発してしまい、共にその効果を消されていく。


 だから、清楓きよかが『詠唱破棄』を唱えるまでは、それを必要としないもので何とか持たせる。それが回復役としての役割を持つ白菊しらぎく無災むさいの仕事となっていた。


 その分、『詠唱破棄』の状態を維持することは、清楓きよかにとって最優先事項だと言えるだろう。気合の声をあげて、味方を鼓舞する傍ら、味方に有利な状態を導き、たびたび打ち消される『詠唱破棄』の効果を維持している。


 消されるとわかった瞬間に、再びそれを唱える清楓きよか。何とかそれで維持する傍ら、味方を鼓舞することを忘れない。


 この戦いで、清楓きよかは急成長を遂げていた。


 そして、九頭竜くずりゅうは術を繰り出して大鬼と魔狼を攻撃することのみを役割として与えられていた。


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