黒雷神1

 かつて、それは巨大な樹木だったのだろう。

 だが、今はその影を残すのみ。花も実も葉もつけぬその姿は、その巨大さゆえに遠くからでも見ることが出来ていた。だが、その表面はすでに石化したように固くなっている。元からそういう岩だったと言われれば、そう思えてしまう程に……。


 しかし、所々崩れているその巨大な幹と枝の生え方から考えると、それはかつて桃の樹だったと思われる。だが、単にそれは石化して崩れているだけだとも言えるだろう。知る人も記録もない状態では、それは確かめようのないものかもしれない。だが、そう推測することは、決しておかしなことではないのだろう。


 しかも、気の遠くなるような時間が過ぎている。その樹の根元には、大きく口を開けたような空洞が広がっていた。


 その巨大な空洞に、黒い巨大な人狼が立っていた。まるで何かに縛られているように、そこから移動しようとするたびに舌打ちしている。しかも、その顔は苛立ちを隠そうともしていなかった。


 しかも、その巨大な人狼を囲むように、同じく憤怒の相を見せる大鬼と黒い魔狼が付き従う。その数は全部で四体。いずれも、黒い巨大な人狼と同様に、そこから動けないようだった。


 析雷神さくいかづちのかみと同じくらい大きな人狼であったとしても。


 ただ、よほど苛立っているのだろう。人狼は巨大な斬馬刀を時折振り回していた。それは、その樹の根元から動けないだけで、行動できないというわけではない事を示している。しかも、それを振り回している時は、かなり機嫌がよさそうだった。まるで、それを振るう時を心待ちにしているかのように。


 戦いとなれば脅威となるその武器。析雷神さくいかづちのかみに比べて、人狼のもつやいばは左手にもつその一刀のみしかない。だが、その爪も牙も人をたやすく切り裂く輝きを宿している。


 そして時々、その人狼が周囲に苛立ちを声と共にまき散らす。だからだろう、その周囲に近づく根の国の住人はいなかった。そのおかげで、清楓きよか達は安全に作戦を立てることが出来ていた。


 そして、今。清楓きよか達は人狼の近くにやってきている。姿を消したままで。


 おそらく、人狼はずっとその気配に気づいていたのかもしれない。いや、鼻が利くから姿を消しても臭いで分かっていたのかもしれない。


 いずれにせよ、姿を消して近づく清楓きよか達を完全に見つめていた。


「根の国をうろちょろしてるのは、お前らか。しかも、その姿はあの巫女と同じじゃないか! あの女、厄介な術を施してくれやがって! 枯れてもまだ、この樹はその力を残していたという訳だな。だが、まあいい。ここにいて正解だった。ここまで来たってことは、析雷神さくいかづちのかみを倒してきたわけだな。あれは気のせいじゃなかったって事か。バカな奴。結界に力を使った挙句、再び封印されるとはな! 同じ八雷神やくさのいかづちのかみとして恥ずかしい大バカ者だぜ!」

 大声で笑う巨大な人狼。その笑い声は、どこまでも遠く響いていく。ひとしきり笑った後、それも飽きたかのように、人狼はまた語りかけていた。


「まあいい。弱いやつは死ぬ、それだけだ。あいつはお前らより弱いから眠りについた。そして、ここで死ぬお前らは俺より弱い。奴が封印されたことにより、オレ達も影響を受けるが、俺は誰よりも強い! だから、お前たちの行動はここで終わる。勝った俺は、強いから勝つ! あれこれと指示ずる奴にも……。いずれ、そのことを思い知らせてやる!」


 巨大な斬馬刀を肩に担ぎ、その瞳に愉悦の炎を燃え上がらせる。


「さあ、来い。ニンゲン。この八雷神やくさのいかづちのかみの一柱。黒雷神くろいかづちのかみが相手をしてやる」


 その瞬間、魔狼が一斉に遠吠えし、大鬼の振り回す金棒が、唸りをあげて振り回されていた。

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