析雷神5

 その一瞬、光の中に包まれていた析雷神さくいかづちのかみにわずかな笑みが生まれていた。無機質な顔にそれが宿るはずはない。だが、清楓きよかにはそう見えていた。


「見事……。結界に力を注いでいたとはいえ、八雷神やくさのいかづちのかみたる麿を破るとは……。聞け、朋読の巫女。再び麿が封印されし時、この根の国の結界が崩れる時。根の国の者全体に知れることはないが、他の八雷神やくさのいかづちのかみには分かるだろう。八雷神やくさのいかづちのかみは力を共有しておる故に。姉と違い、汝は戦いを選んだ。だが、それこそ賢明な判断と言える。これより先は戦いでしか語れぬであろう。汝の気持ち、汝の戦いで語るがよい」


 巨大な体が大地へと崩れ落ちる。そこから輝く光の珠が宙に浮かぶと、清楓きよかの目の前でそう告げていた。


「わかりました。析雷神さくいかづちのかみ様。しばらく、ことわりを破り、根の国を騒がすご無礼をお許しください」

 深々と頭を下げて、清楓きよかは礼を尽くしていた。そこには使える神は別とは雖も、巫女として、神そのものに対して深い敬愛を込めた姿があった。


 その姿を不思議そうに眺める無二むに。周りで自慢して騒ぐ九頭竜くずりゅうの言葉を一切無視し、彼はその瞬間を目に焼き付けていた。


「急ぐがよい、黒雷神くろいかづちのかみは、すぐそばにおる。汝のもう一人の姉がしばりつけておる故に、まだ抜け出してはおらぬがな」

 それだけを言い残し、析雷神さくいかづちのかみの光は結界の横にある石碑へと吸い込まれていく。


 その瞬間。析雷神さくいかづちのかみの体は地面に吸い込まれ、背後にあった結界は音を立てて割れていた。


 静かに起きる歓声は、これから先の重大さを物語る。


「さあ、いくわ。九頭竜くずりゅうも浮かれてないで、さっさと隠形おんぎょうしてくれない?」


 一気に冷や水を浴びせられたようになる九頭竜くずりゅうに、白菊しらぎくの忍び笑いが追い打ちをかける。


「ふん。そんな態度を取れるのも今のうちだよ。さっきの奥義はまだまだ撃てる。それに、この戦いが終われば、僕は天文院から推薦を得て、陰陽寮に昇るんだ。その時になってから僕を知っているとは言わないでくれたまえ。だが、どうしてもというなら話は別だ。気が向いたら君たちにも声をかけてあげるよ。『ああ、そう言えばあの時いたよね』とか思いだしたときにね」

 尊大な態度で隠形おんぎょうを唱える九頭竜くずりゅう。だが、その言葉を鼻で笑う清楓きよかと、露骨に言い返す白菊しらぎくがいた。


「結構です。というよりも、あなたの事は忘れたいです。下手すると、あなただけ回復するのも忘れるかもしれませんよ? いいですか?」


 すでに術を唱えている九頭竜くずりゅうは、その言葉に反論できない。ただ、悔しそうな瞳を白菊しらぎくへと向けていた。


「二人共、もうその辺でいいでしょ? 結界が崩れた今、一刻を争うの。口喧嘩は地上に帰ってからいくらでもして頂戴。今は次の相手、黒雷神くろいかづちのかみの元に行くわ。無二むに、アナタは先行して安全に作戦を立てられるところを見つけておいて。しばらく道は一本道だったと思うから、道標はいいわ。ただ、とにかく安全に全員で集まれる所に、目印にあの苦無くないを刺しておいて。そして、出来るならまた見て来てちょうだい。相手がどんなものか、知っておきたいの。でも、危なければ引き返してきて。いずれにしても、集合場所をお願い。アナタと違ってアタシたちは見えないから」


 清楓きよかの言葉に頷く無二むに。ただそれだけを告げて、瞬く間に姿を消して去っていた。


「相変わらず、無二むにさんの隠形おんぎょうは凄いですね。術の性質が違うとはいえ、攻撃だけが得意で、隠形おんぎょうが苦手という誰かさんとは大違いです。走っていったと思うのですが、足音だけでなく、足跡も残していない」


 その言葉を最後に、全員の姿は消えていく。ただ、それを見届けた清楓きよかは、小さく決意を告げていた。


「さあ、アタシたちの意志。根の国の侵攻は許さないという意思を、根の国の神々に伝えるわ」

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