析雷神3

 それが合図となっていた。析雷神さくいかづちのかみの傍にいる者達が一斉に行動を始めていた。幽霊三体が術の準備を始めたかと思うと、一番先にいた大鬼がその巨大な金棒を振り上げている。


「さがれ、お嬢。これ以上は無駄だ。戦うぞ!」

 優一ゆういちが突き飛ばすように清楓きよかを後ろに下がらせる。その間隙を埋めるように、正吾しょうごが前に出てきた。


「ええ! 戦う! 戦うわ!」

 事ここに至っては、さしもの清楓きよかも決断せずにはいられない。それを示すように、下がりながらもその祝詞を唱え始める。


正吾しょうご、頼んだぜ。オレ一人じゃ引き付けられねぇかもしれないからよ」

「心得た。もともと拙者はこの守りの戦いが身上しんじょう。慣れぬ武芸者の真似事は、どうも性に合わなかったようですね」

 大鬼の金棒を受け止めた優一ゆういちの隣で、正吾しょうごが槍を構えて答えていた。


 互いに言葉を交わしたあと、正吾しょうごの顔つきが変わっていた。


あおい家三男。あおい正吾しょうごの武士道! さあ、参られよ。心頭滅却する拙者の技。破れるものなら、破って見よ!」

 魂の叫びのような声に、析雷神さくいかづちのかみ達が一斉に正吾しょうごを見る。それは金棒を振り下ろしていた大鬼も例外でなく、なにより析雷神さくいかづちのかみが一番反応していた。


「やるなぁ。これはオレもうかうかしてられないな」

 金棒を弾き飛ばした優一ゆういちが、再び己の全身を鋼とかす気合の声をあげていく。それにつられたかのように、目の前の大鬼が正吾しょうごから視線を優一ゆういちに戻していた。


「皆さま、継続回復です」

 白菊しらぎくの声が自分の最初の役割を終えたことを皆に告げる。それを終えた白菊しらぎくは、そのまま何かを待つかのように待機する。


「術軽減」「星辰崇拝」

 続けて無災むさい九頭竜くずりゅうの声が上がっていく中で、地の底から湧き出るような詠唱をしていた幽霊たちが、苦悶の声をあげていた。


 飛び上がった無二むにが、瞬間的に数十の苦無くないを投げつけている。その乱れる様な苦無くないの雨は、確実に三体の幽霊の気合を削いでいた。


 詠唱が止まり、恨めしそうに無二むにを見つめる幽霊。だが、その苦無くないの影響を受けたのは、幽霊たちだけではなかった。


 大鬼の目にささった苦無くないは、大鬼の怒りを呼び起こす。着地した無二むににめがけて、その金棒をふるおうと体をそこに向けていた。


「おっと、お前の相手はオレだっての! この大鬼野郎!」

 だが、優一ゆういちがその行く手を遮って大鬼を挑発していた。


 と、その時。


 押されるように下がった清楓きよかが、行動の遅れを取り戻すかのように祝詞を唱え終えていた。


「詠唱破棄、続けて無災むさいに!」

 その効果を受けた途端、白菊しらぎくが再び回復術を唱え始める。一人で析雷神さくいかづちのかみの攻撃を引き付けている正吾しょうごに向けて。


回向文えこうもん。心得た!」

 修めた功徳を一切衆生いっさいしゅじょうに振り分ける経文は、生者にはその活力を与え、死者には成仏へと誘う。その結果、減っていた正吾しょうご優一ゆういちの体力は回復し、析雷神さくいかづちのかみ達の体力は削られていく。


 それがわかるのだろう。析雷神さくいかづちのかみ達の視線は、一斉に無災むさいへと移っていた。


「拙者が相手だと言ったであろう」

 そこに正吾しょうごの声がとび、さらに優一ゆういちの挑発がそこにのる。再び正吾しょうご優一ゆういちに視線をおくる析雷神さくいかづちのかみ達。

 

 その間に、素早く飛び込む無二むにの刃が幽霊を確実に葬っていく。


「さあ、頑張って!」

 戦う気合が清楓きよかから全員に配られる。それを受けた者たちは、戦う力が呼びさまされる。


 それが何度か繰り返す中、ついに怒れる析雷神さくいかづちのかみの攻撃が全てを巻き込み放たれていく。


「旋風連撃・伍ノ型」

 四本の腕から生み出された真空の刃が、清楓きよか達の頭上から降り注ぐ。その攻撃は絶大で、たった一撃で九頭竜くずりゅう白菊しらぎくは地面に倒れ込みそうになっていた。


 だが、それは絶妙なタイミングで回復が間に合う。


妙法蓮華経みょうほうれんげきょう

 狙っていたかのような全体を回復する術が決まる。その立役者となった無災むさいの顔は、静かに析雷神さくいかづちのかみを見つめていた。

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