報告3

 笑う事も飽きたのだろう。もともと、この席に居続けることをよしとしなかった豪雷ごうらいは、そろそろ潮時かと感じていたのかもしれない。


 突如笑いに終止符を打ち、松島清春まつしまきよはるに真剣な顔を向けていた。


「で、腹は決まったのかい? 朋読神社。こっちも八雷神やくさのいかづちのかみと戦う準備をしてきている。だが、そっちの顔を立てているんだ。いい加減、はっきりしてもらいたいものだ。そもそも、黄泉平坂よもつひらさかの入り口はここ以外にもある。ワシらはそっちから入ってもいいのだ。だが、根の国に入るにはアレを抜けねばならぬ。力で押しとおってもいいが、その後が面倒だ。それさえ何とかなれば、朋読神社に遠慮することはない。このワシが全ての八雷神やくさのいかづちのかみを討伐して見せよう」

 挑みかかるかのような鋭い瞳を向ける豪雷ごうらい。だが、松島清春まつしまきよはるはそれを涼しげに受け流す。だが、その言葉には、別の反応が返ってきた。


「勝手を言うな、豪雷ごうらい。この地に来たからには、勝手は許さぬ。指示に従え」

 琢石たくせき和尚は振り返ることなくそう告げる。その言葉に、不機嫌さを丸出しにした豪雷ごうらいは、もう一言も話さぬという姿勢で座っていた。


 文字通り、琢石たくせき和尚に背を向けて。


 その事がよほど楽しかったのだろう。それまでの沈黙を破り、それを真正面から見ていた陰陽師が、開いた扇子を口に当てて笑っていた。


「これは、良い見世物であった。楽しく見せてもらったものよ。されど、清春きよはる殿。貴殿も決断の時であろう。清楓きよかを根の国に行かせるか否か。それすなわち、朋読神社の動きをどうするかを示しておる。清楓きよかを根の国に送り込み、命をかけて内側から結界を強化するのか。黄泉平坂よもつひらさかの入り口を封印するのか。だが、八雷神やくさのいかづちのかみは母であるイザナミの無念を晴らすために、おそらくその出口を無理やりこじ開けるであろうな。これまでにできたそれが、各地にできた入り口となっておるのだ。確実なのは、八雷神やくさのいかづちのかみを倒し、その御霊を封印すること。かつてそうしたように。もしくは、イザナミに直接会って交渉することも良いかもしれぬ。不確定な情報だが、前例はあるらしい。ただ、その記録はないのだがな……。そもそも、元は国生みの母なのだ。黄泉津大神よもつおおかみとしての穢れを祓えば、話し合いは可能かもしれぬな。穢れ払いの朋読の巫女であれば、その方が確実というもの。いずれにしても、九頭竜くずりゅう家の問題児もつれていくがよい。色々問題があったかもしれぬが、根の国に至れば全面的に協力するであろうな。のう、琢石たくせき和尚。そちらの者もそうであろう? 事ここに至ったのだ。そろそろ、清春きよはる殿には決断をしてもらいたいものですな」

 閉じた扇子で膝を叩き、土蜘蛛業平つちぐもなりひらはそれを促す。その様子に頷く琢石たくせき和尚。その雰囲気は新井黒海あらいこっかいにも伝わり、彼も自分の右隣りを見ていた。


 全ての視線が松島清春まつしまきよはるに集まっている。目を閉じて、姿勢正しく座っている神主は、その瞬間に大きく呼吸をただしていた。


清楓きよか無二むにを信じるか? 彼はカミツキである可能性が高い。しかも、話では仲間を裏切り死に追いやったという過去もあるようだ。それが彼とは決まっていないが、戦いに際して人が変わったようになる事は間違いない。嘘か真か分からぬが、カミツキの者が所構わず暴れまわったという話しもある。カミツキにまつわる伝承は、とかく黒い影が付きまとう。おそらく、穢れに侵されたのであろう。かつて数多くいた神人が堕ちてカミツキとなったという話しもある。その地域を根絶やしにしたという話しもある。この地上では問題なかったかもしれぬ。だが、根の国の瘴気に、カミツキである無二むにが耐えられるかは分からぬ。ただ、八雷神やくさのいかづちのかみと戦うのであれば、彼を抜きにしては無しえぬであろう。しかし、信じ切れぬものをつれて行っては、そもそも戦いにすらなるまい。清楓きよかよ。どう見る」


 真っ直ぐに見つめる清春きよはるの視線を、翡翠の瞳が受け止める。直ちに、居ずまいを正した清楓きよかは、その場にいる全員に伝えるように宣言した。


「はい。無二むににどんな過去があったか知りませぬ。彼もそれを知りません。ですが、アタシは今日までの無二むにを知っています。彼もまた、アタシと共に戦うことを望みました。朋読神社は穢れ払いと共に、人のえにしを結ぶ神社でもあります。アタシはその巫女として、恥ずかしくない行いをするだけです」


 堂々とした宣言は、まだそれで終わらない。さらに一拍置いた後、清楓きよかはにこやかな笑顔で告げていた。


「信じる、信じないはすでに問題ではありません。だって無二むにはすでに仲間ですから」


 さらに爽やかな笑みを浮かべる清楓きよか。その姿は幼くとも、神々しさにあふれていた。

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