報告2

 その部屋に入った瞬間、清楓きよかはその中の雰囲気にのまれそうになっていた。


 だが、それは無理もない事だろう。


 その場にいるのはこの街を代表する大人たち。しかも、一人は自分の父親といっても、神主として厳しく教えられた師匠でもある。いつになくしり込みし、入口で佇む清楓きよか。だが、先に入った優一ゆういちの顔を見て、小さく息を吐き出していた。


「失礼します」

 それは清楓きよかなりの決意の言葉だったのだろう。一歩踏み出す前と後では、清楓きよかの顔つきが変わっていた。


清楓きよか、その地図は黄泉平坂よもつひらさかから根の国に至る地図でもある。天文院がその昔、調査団を派遣した時に得た結果だそうだ。今回、お前は試練を果たせずに帰ってきたが、そもそもその試練に想定しない事態が混じったのも事実。よって、青龍討伐のみで決定せねばならぬ。したがって、ここにいる方々に集まってもらったのだ。清楓きよかよ、今一度問う。そなた、根の国に行きたいのか? 行ってなんとする?」


 松島清春まつしまきよはるが見せた雰囲気。それは己の娘ではなく、試練を越えた者に対して質問している感じのものだった。清楓きよかもそれがわかっているのだろう。まっすぐに自分の父親を見ながら、己の気持ちを告げていた。


「はい。根の国がこの世を支配しようとするのは、神代かみよの頃から繰り返してきたこと。しかし、今は戦乱の世でもあるので、その勢いは増すばかり。もし、八雷神やくさのいかづちのかみが復活しているのであれば、再び封印してその侵攻を阻止します。ただ、その前に話しが通じる相手であれば、一度話して見たく思います」

 一点の曇りのない翡翠の瞳に、力強い光が灯っていた。その瞳を向ける先は、厳格な光をその奥に秘めた同じ翡翠の瞳。押しも押されもせぬその雰囲気は、周りの人間にも沈黙を強いていく。


 ただ、一人を除いては。


「心がけは立派だが、お嬢ちゃん。オマエにそれが出来るとは思えんな。相手は八雷神やくさのいかづちのかみだぜ? オマエと仲間が倒した青龍とはわけが違う。オマエはそうやって息巻いているが、仲間はどうするんだろうな? まさか、一人で行くなんて思ってないよな?」


「当たり前です。アタシは……。アタシ一人じゃ多分何もできない。隠形おんぎょうさえ使えないアタシが、一人で行けるとは思っていない……」


 豪雷ごうらいの言葉に反論したものの、その後は続かなかった。何もわからない状況の根の国でも、すんなりついてきてくれる仲間はたぶんいる。でも、それだけじゃ足りない。それを痛感したのだろう。清楓きよかはその顔を下に向ける。


「心配するな、お嬢。そう言うだろうと思って、他の奴らの気持ちは確認済みだ。無災むさい九頭竜くずりゅうもそれぞれ事情があるわけだから、そのまま付いて来るんだろうよ。もちろん、白菊しらぎくの嬢ちゃんも正吾しょうごもだ。ただ、無二むにに関しては……」

「えっ……」

 言葉を濁した優一ゆういちの顔を、清楓きよかは思わず見上げていた。その言葉の先に何があるのか。清楓きよかはそれを気にしたのだろう。


無二むにには聞いてないの?」

 それは清楓きよかにとって、まさかの事態だったのだろう。その答えを求める清楓きよかの瞳に、優一ゆういちは少し戸惑いを見せていた。


 何を言うべきか悩む口が、伝わらない声を伝えようとしていた。だが、その前に、それを形にする人物が横やりを入れてきた。


優一ゆういちよ、勿体つけるな。聞いたのであろう? じゃが、それは無粋というものだ。あの少年が戦いから身を引くわけはあるまい。奴はカミツキとはいえ、しのびの者だ。あれの行動から、その心意気は察することが出来るだろう」

 豪雷ごうらいが示す『オマエはなんて残念な奴だ』という憐みの視線。豪雷ごうらいはそれを優一ゆういちに向けていた。


 じろりと睨む優一ゆういち。だが、その言葉を聞いた清楓きよかは、その答えを破戒僧に求めていた。


「察するって、どういうこと? アナタ、あの時に会っただけじゃないの?」

「ああ、そうだ。あの時だけだ。だが、わかる」

「それって、どういう……」

「奴の行動を考えてみるんだな。あの時、奴は和葉かずはの攻撃を避けるどころか、陽動して和葉かずはを拘束していた。しのびの者が痺れ技を使わずに、相手を無力化するなど、本来ありえぬことだ。しかも、奴はワシの背後を取っている。奴が、自分の戦いの為に戦っているのであれば、今頃和葉かずはは生きておらぬよ。なにせ、自分の命を狙ったのだ。優一ゆういちと同じで、自業自得じゃな。もし、本気なら、ワシに投げた苦無くないにも毒を塗っておっただろう。まあ、殺気があればワシも避けただろうな。まあ、それは良いとして、そうしなかった。その意味が分かるか?」


 そこで一呼吸置いて見つめる破戒僧。その顔に、清楓きよかは黙って首を振る。その事は予想通りだったのだろう。口元を歪めた破戒僧は、得意そうに話を続ける。


「ワシの攻撃を阻止して、ワシを撤退させるためだけに、和葉かずはを拘束していたのだ。無事にしておいたのは、ワシ以外が行動することを避けたのだろう。事実、あの時にワシらに戦う目的がなかったが、仲間が倒されれば話は別だ。そのまま乱戦になっていたであろうな。ひよっこの無災むさいが無粋な真似をしなくても、奴はあの場でワシを退ける算段を持って動いておったというわけだ。つまり、奴は戦う前から彼我の戦力を計算して動いておった。ただ一人、ただ一つ。『オマエが無事に帰れる』という決着をつけるために、どうすればいいかを考えておったのだ。いじらしいではないか、しのびとは。いや、あの少年はといった方がいいか? おお、そう言えば。すでに元服をすましてあったらしいな。これは失礼した。と言っても、本人がおらぬからまあ良いか。だが、あの見た目だ、少年でも構うまい」


 豪快に笑う破戒僧。その言葉に、清楓きよかはおろか、優一ゆういちでさえも紡ぐ言葉を持ち合わせてはいなかった。

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