幕間

報告1

 朋読神社の一角にある、光魔殿。以前とは違う部屋に、今度は最初から六人の男たちが座っていた。


 座る位置は以前とほぼ同じ。上座には松島清春まつしまきよはる新井黒海あらいこっかいが並んで座り、その右側には琢石たくせき和尚。左側には土蜘蛛業平つちぐもなりひらが互いに向かい合うように座っている。そして、下座には優一ゆういちが座っていた。以前と違うのはその広げられている地図と、琢石たくせき和尚の後ろに控えている男の存在。


 それは紛れもなくあの破戒僧。今はその手に何も持っていないが、その存在感はこの場にいる誰もが感じているものだった。


 そして、優一ゆういちはその姿を見まいと顔を背けている。


「ご苦労だったな、優一ゆういち。すでに、根の国へと赴く扉は開かれた。それにしても、御坊ごぼうも博士も心配性なことよ。だが、短時間で済んだのも事実。しかも、このように助力いただける事、まずはお二人の協力に感謝をしたい」

 その地図をもう一度目にして、新井黒海あらいこっかいが両脇にいる僧侶と陰陽師に頭を下げる。その姿は純粋に感謝を告げている感じではあるが、隣の松島清春まつしまきよはるは微動だにしなかった。


「なに、これほど精密な地図を用意できる天文院にこそ感謝すべきであろうな。これこそ、かつての戦いの成果であろう。根の国に降り、彼の者を封印した時にこのようなものをこしらえていたとは……」

 坊主頭をぴしゃりと打ち、琢石たくせき和尚はそう告げる。だが、その言葉を受けて、土蜘蛛業平つちぐもなりひらが扇子を広げてその口元を隠していた。


「いや、そうではない。これは、たゆまぬ調査の結果だと言っておこう。だが、それよりも話題にすべきことがある。この地にまさか、神人にも匹敵する十二神将の一人を呼んでいただいた琢石たくせき和尚……。いや、遣わされた僧院にこそ感謝すべきだろう」


 互いに互いの功績を認め合う。美しい光景が作られている。だが、この場の誰もが知っている。それは、表向きでしかない事を。だからだろう。盛大なため息を履いた優一ゆういちが、もうそれはいいとばかりに話しはじめた。


「で、そろそろ本題に入ったらどうだ? できればオレは、一刻も早くその男と同じ空気を吸うこの状況にサヨナラしたいんだが?」

「そういうな、優一ゆういちよ。そなたの報告では青龍を倒したのは九頭竜くずりゅうの放った大極破で間違いないな?」


 まるでなだめるかのように、新井黒海あらいこっかい優一ゆういちの話を確認する。その気持ちを分かったのだろう。優一ゆういちはため息をついて答えていた。


「ああ、間違いない。だが、アイツは術を使った。ただそれだけのことだ。確かにあの威力はすさまじいものだ。九頭竜くずりゅうが自慢したくなるのも分かる。ただ、あれは時間がかかりすぎだ。あれでは隙が多すぎるし、目立ちすぎる。戦いで的になるようなものだ。だが、今回はそれが撃てた。十分な時間がアイツにはあったからな。そのための時間を無二むにが用意した。それが大きい。しかも、最初から最後まで、オレ達は青龍達の術をくらっていない。その全てを、アイツ一人で止めていた。これは正吾しょうごが言っていることだ。正吾しょうごはあの暗闇の中で、偶然最初の一発を止めただけだと言っている。まっ、今のアイツは専門が違うしな。ただ、正直に言おう。オレ達は、徒党を組んでも組織的に行動できていなかった。誰か達の差し金だろうけど、二人の協調性の無い人間がいたからな。もっとも、裳着もぎが済んで間がない清楓きよか白菊しらぎくに、それを求めるのは酷な事だ。清楓きよかも、苦労していたよ。だが、そんな状態でも青龍に勝てたのは、間違いなく無二むにがいたからだと思う。たいしたものだ。アイツも元服して、そう月日がたっていないだろうに……」


 一気に話した優一ゆういちだが、何か付け加えることがあったのだろう。その視線を陰陽師に向けながら、もう一言付け加えていた。


九頭竜くずりゅうの大極破が決まる前に、青龍は虫の息だったというのも伝えておく。青龍との戦いで、俺が報告するのは以上だ。白虎びゃっこの砦は何者かが焼き払っていたし、玄武げんぶは言う必要もないだろう。そこの奴に聞いてくれ。この分なら朱雀も同じだと思って帰ってみれば、やっぱりそうだった。まったく……。お嬢をなだめる役目を、いつも全部俺に全て押し付ける。知らなかったのだろうけど、これ以上は勘弁してほしいものだ」

 心底疲れはてた様子の優一ゆういち。その気苦労だけは伝わったのだろう。新井黒海あらいこっかいの口元が僅かにほころぶ。


 だが、それは幻かと思えるほど、次の瞬間には元の厳しい顔つきが座っていた。


「十二神将の豪雷ごうらい。お主の目から見てあの少年はどう見る?」

 琢石たくせき和尚は振り返りもせず、そう話を切り出していた。だが、いつまでたっても返事はない。表情を変えずに待ち続ける和尚。


 だが、後ろから聞こえる規則正しい呼吸の音に、ついに和尚の何かが切れていた。


「喝ぁあっつ!」

 いきなり立ち上がり振り返ると、素早くその耳元で大音量の声を放つ。


 まるで部屋が震えたかのような錯覚に陥るほどの大音声。


 だが、それを放った本人は、そのまま何事もなく座っていた。


「十二神将の豪雷ごうらい。お主の目から見てあの少年はどう見る?」

 再び同じ質問が繰り返される。だが、今度はさっきとは違い、目覚めの悪さを隠そうとしない声がそれに応じていた。


「ちっ、相変わらず、うるさい声だな。ああ、あれはカミツキだな。間違いない。しかも、驚くことに神人の中でもごく少数しかいない伝説級の装備を持っているという事だ。そして、アイツの装備は全て神人の中でも達人級の職人の手によるものだ。おそらく他にも色々と珍しいものを持っているだろうな。何より、それに見合うだけの実力もある。そもそも、戦いになると目の色が違う。アイツはワシと同じで戦いの中でしか己の価値を見つけられぬ男だろう」

 耳の穴をほじりながら話していた豪雷ごうらいも、最後には楽しそうに笑っていた。


「目の色が違うか……。確かに、報告ではそうだな。強さは豪雷ごうらい殿に匹敵する。カミツキといっても、今の様子では問題なかろう? どうする? 清春きよはる? 白菊しらぎくの感想を考えると、私は大丈夫と判断する。我が娘ながら、人を見る目は確かだと思うが?」

 新井黒海あらいこっかいが見つめる先には、始終難しい顔をして黙ったままの松島清春まつしまきよはるがいる。


「そうか……。ならば、私も娘に聞くとしよう。優一ゆういちよ、清楓きよかをつれて来てくれないか。察しのいいあの娘の事だ。すぐ近くにいるだろう」


 組んだ両腕をほどきながら、松島清春まつしまきよはるは決意の眼差しを向けていた。

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