仲裁

 ギロリと目をくとは、この事を言うのだろう。


 無災むさいの言葉に、豪雷ごうらいが向けたのはその顔だった。だが、その目を受けても無災むさいは一切動じていない。それどころか、さらに言葉を続けていた。


「各地の異変に対して、十二神将がそれぞれ呼ばれた意味を理解していない貴殿ではないはず。他の地域はともかく、この地は特に根の国と深いかかわりのある朋読神社の管理下にある。仏に仕える我らの役割もよくご存じであると思うのだが? しかも、貴殿と朋読の巫女との顔合わせは、この後の会合の席であると決められていたと思うが、拙僧の思い違いではなかろう? この地では貴殿の強さのみを見せつけるという事ではなかったかな? あとで琢石たくせき和尚から苦言をもらう前に、早々に立ち去られるがよろしかろう」


 仁王立ちを解き、合掌の姿勢を示す無災むさい。その姿を、豪雷ごうらいは忌々しそうに見つめていた。


「ひよっこがさえずりよるわい。見せつけるだけでは物足りぬ。強さとは、己の身をもって知るのが良いのだ。そこから立ち上がるものが、次の強者つよきものへと生まれ変わる。まあよい。そこの少年、その娘を解放してもらおうか。オマエとは何やら因縁があるようだが……。この場では、その娘にこれ以上の手出しはさせぬ。いや、口では何とでも言えるが、その身で味わったはずだ。そうだな、和葉かずは

 豪快に笑う破戒僧はかいそう。その笑い声が終わらぬうちに、無二むに和葉かずはと呼ばれた女忍者を解放する。


 そのまま自らは姿を消し、一瞬の後に清楓きよかの隣に立っていた。


「ふむ。和葉かずは。オマエではやはり心もとないな。というより、絶対不可能だ。そもそも、仇討などというものは武家の者がする事。しのびがするのもどうかと思うが……。まあ、よい。どれ、その時にはワシが助勢しよう。だが、今は堪えるのだ。ワシが堪えて、オマエが堪えなければ、不公平というものだ。その時は、ワシがオマエを成敗する。『八つ当たり』ではないぞ。オマエが『罰当たりだった』という事にしてな」

 自ら豪快に笑う破戒僧。そのまま行動に移ろうとする和葉かずはを、その言葉が封じていた。

 告げられた言葉の意味。それをよく理解した和葉かずはは、悔しそうにうつむいていた。


 それを見て頷く豪雷ごうらい。それで一つけりがついたと感じたに違いない。おもむろに周囲を見回しながら、ゆっくりと降りてくる清楓きよか達を眺めていた。


 そして、その仲間たちも集まり始める。


 まだ、地面から起き上がったばかりの東雲しののめ。その目はその男に向けられていた。

 そう、優一ゆういちに駆け寄り、彼を助け起こす正吾しょうごに。


 それを見た豪雷ごうらいは、豪快に笑いながら、東雲しののめ話しかけていた。


「よかったな、東雲しののめ。オマエの探していた男が見つかって。幼馴染の間柄とはいえ、その宝珠をもってその男の所に走るなよ」

 一瞬、その意味を理解していなかったのだろう。だが、理解が追いついた東雲しののめは、顔を真っ赤にして反論する。


「戯れが過ぎます、豪雷ごうらい様。この宝珠は、私が一命をもって預かりますゆえ、ご安心ください」

 正吾しょうごに何も言わずに背を向けた東雲しののめ。そのまま腰袋に宝珠をしまい、彼女は颯爽と歩き出す。


 草原の風を受け、女武芸者の長い黒髪がなびいている。


 だが、自分だけが歩いていることを感じたのだろう。東雲しののめは歩みを急に止めていた。


「さっ、帰りますよ、皆様」

 だが、立ち止まっても、東雲しののめは振り返らずにそう告げる。まるでその顔を見せないように。


 その行為に、またもや大声で笑いだす破戒僧。


 だが、それもすぐに終わっていた。再び優一ゆういちを見た後に、そのままやってきた清楓きよかに視線を移す。


「ということだ。さらばだ、朋読神社の娘。それと、優一ゆういち。次は、会合の席で会うとしようか」

 殊更ことさらに大声を出して歩き出す破戒僧。そのあとに続き、巨漢の鋳物師いものしと女の陰陽師が続いていた。


 だが、和葉かずははうつむいたまま立ち尽くしている。


 そこにゆっくりと歩み寄る金髪の薬師くすし。そのまま和葉かずはの肩に手を置くと、清楓きよかと共に近づく無二むにの姿を見つめていた。


 周囲に破戒僧の仲間たちは消え、そこには和葉かずはと金髪の薬師くすしだけが残っている。


「さて、アナタは帰らないのかしら? 卑怯にも、いきなり無二むにに攻撃を仕掛けた女忍者さん、名前は和葉かずはさんだったかしらね?」

 清楓きよかが投げかけた一言。それは、清楓きよかにしては珍しく皮肉めいた言葉だった。


だが、その言葉は、俯いたままの和葉かずはを刺激する。


「卑怯? アンタ、ウチの事卑怯って言った? ハッ、笑わせてくれるね。そんな事、そこの修羅しゅらと一緒にいるアンタになんか言われたくないわ! この修羅しゅらはね、戦いになれば人が変わるんだよ。傷ついた仲間を放置して、自分は戦いに興じる卑劣な男だよ。この男はね、仲間を仲間とも思わない。卑劣極まりない男なのさ。ウチの大事な友人は……、それで死んだんだ……」


 一拍の悲しみを振り切って、和葉かずは清楓きよかに叩きつける。

 自身で導き出した、その答えを。


「その男にとってはね、仲間なんて言葉は無いんだ。みんな道具なんだよ。わかる? 戦う為の道具さ。いつまで一緒に行動するか知らないけどね。コイツの強さをあてにするのも分かるよ。コイツの強さは、けた違いだからね。そういう意味でも人じゃない。でもね、いつかコイツは裏切るよ。アンタのその信頼をね。いいかい、ウチは忠告したよ。コイツの名前は修羅しゅら。戦う鬼の名前を持つ男だってこと。その頭に、しっかり叩き込んでおくんだね!」


 敵意を向ける和葉かずはの視線の先に、戸惑いの色を見せる無二むにの姿がある。


 その紺碧の瞳は、ひどく暗い影を落としているようだった。


 その態度をいぶかしむ和葉かずは。だが、すぐに隣の何かを感じたのだろう。その視線を横にいる金髪の薬師くすしに向けていた。


市津いちづ、帰るよ。だから、その惚れっぽい性格何とかしなよ。アイツはダメだって言ってるでしょ!? アンタ死ぬよ? いいの? ポイって捨てられるんだよ?」


 その手を取り、無理やり引きずるように歩く和葉かずは市津いちづと呼ばれた薬師くすしは、残念そうな視線を無二むにに向けてそれに従う。


「はーい。でも、強いよね。かっこいいよね。しかも、今は守ってあげたくなるほど脆いよね。ねぇ、和葉かずはちゃん。こう言っちゃなんだけど、和葉かずはちゃんの人違いじゃないのかな? 名前も無二むに? って、さっきから呼ばれてるんだよ……。あーあ、人違いだったらいいのにね。そうしたら、お友達から始められるんだよ」

 並んで歩き出す二人。だが、市津いちづの言葉で、和葉かずはの歩みは止まっていた。


和葉かずはちゃん? どうかしたの?」

 不思議そうに覗き見ようとする市津いちづを無視し、和葉かずははいきなり振り返って問いかける。


 その顔に、半分焦りの色を浮かべて。


「っていうか、アンタ! 修羅しゅらでしょ!? そうよね? あっ! その妖刀! 幻夢の妖刀に間違いないよね!? そうでしょ!? そうよね? そうだと言って!」



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