青龍との戦い4

 白菊しらぎくの回復を受けて輝く無二むに。すでに。青龍の術がもたらした大量の水は、その行き先を青龍がいる部屋にまで届いている。本来であればそこには来ないはずの水は、流れる先のない部屋では足元にたまっていた。


 だから、白菊しらぎくは一瞬目を奪われていた。


 回復術で光る無二むにの体。その淡い輝きはまさに、湖面に描かれた月の光。暗闇の中で淡く彩られた光が、波打つ水面を照らしだす。そして、無二むにの刀から出る幻想的な蝶が舞いを魅せ、その刃が青白い光の弧を描き出す。


 少年の真紅の瞳が見つめる先で。


 おそらく竜人は何が起きたのかわからなかったことだろう。血しぶきを吹き上げる体と水に沈んだ竜人の首。その首が、まだしばらくは詠唱を続けるように、沈んだ水の中で口を動かしていた。その声にならない詠唱の終わりに、素早く無二むにが洞窟の上へと飛び上がる。


 その瞬間、激しい地響きが洞窟を激しく揺らす。まるで何者かの到来を告げるかのように、水柱が青龍のいる小部屋から湧き上がっていた。一瞬消える青龍の姿。だが、次の瞬間に青龍は、何もなかった姿をその場に表していた。


 まさにその瞬間。雷鳴を轟かせながら、雷をまとった影がその青龍に向かって飛び込んでいく。


 再び起こる水しぶき。それが治まるのと同時に、その姿を全員に見せていた。

 青龍の喉に喰いつき、その体から雷を青龍に突き刺していく雷獣の姿を。


 苦悶の声をあげる青龍。しかし、それは別の声も伴っている。


正吾しょうご兄様!」

 悲鳴に近い白菊しらぎくの声が、それに続いて聞こえてくる。その声が示す事態を、清楓きよか達は瞬時に理解する。


 青龍のいる小部屋は、天井こそ高いが周囲は壁に囲まれている。そして、もともと水が浸入しないように、くびれた部分は岩がせり上がって天然の防塁となっている。だから、一度小部屋に入った水は、容易には抜けきらず、しかもかなりの水をそこに蓄えていた。


 優一ゆういちたちがいる所は、もう水は流れて無くなっている。だが、青龍の小部屋には、池のようになっていた。


 そこで雷を周囲にまき散らす雷獣と青龍が戦っている。当然、近くにいた正吾しょうごは、その余波をまともに受けていた。


「全体完全回復!」

 だが、正吾しょうごが倒れそうになった瞬間、無災むさいの術が完成する。

 その術がもたらす効果は絶大といえるだろう。傷つき、倒れ掛かった正吾しょうご。だが、その術が決まった瞬間に息を吹き返したかのような動きを見せていた。


 倒れている体を片手で支え、持ち直す。しかも、倒れる力を利用して、一気に小部屋から抜け出ていた。


「轟雷術・極み!」

 それはまさに間一髪の出来事と言えるだろう。飛び込むように小部屋から出た正吾しょうごが地面に転がるのと、その術が完成したのは同時だった。


 絶命を告げる叫びが、さらに後退した二体の魚人としびれたまま動けなかった竜人から同時に上がる。肉の焦げるような臭いが漂う中、怒れる青龍がそのしびれた体を無理やり引きずって小部屋から出てきた。鱗は傷つき、かなりの手傷を負っているのがよくわかる。ただ、召喚された雷獣は、すでに消えていなくなっている。おそらく青龍によって倒されたのだろう。


 ただ、地面を這いずるその姿は、最初の威厳は感じられなかった。まるで別人のように。


「愚かな人間ども! 我が一族の仇を討ってくれる!」

 その瞬間、優一ゆういちの体に巨大な力が襲い掛かる。かろうじてそれを鉄槌で防ぐ優一ゆういち。だが、防いだはずの優一ゆういちが、そのまま後ろに吹き飛んでいた。


 しかも、それだけではなかった。青龍はなおも前に這いずっていく。


 優一ゆういちを襲ったのは、青龍の尾の一撃。体勢を立て直した優一ゆういちに、もう一度それを放ちつつ、再びあの旋律が聞こえてきた。


「術と攻撃が同時に!?」

 見開く清楓きよかの眼差しと叫び。それは、ここにいる誰もが感じていた事だろう。


 あまりにもありえない事が起きている。その事実は、そこにいる全員の行動を中断キャンセルさせるに十分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る