青龍との戦い3

 青龍の術が生み出した水球は、膨大な水を供給する源としての役割を持っていた。そこから発生する激流が、その場にある全てのものを巻き込み、押し流す。あまりに膨大な水の量とその勢いは、そこに生きるものを許さぬ場を作り出す。


 それが青龍の術の正体。だが、それは不完全なままに終わっていた。


 術の完成と思われた瞬間、突如破裂する水球。そこに蓄えられた水は、確かに優一ゆういちたちを襲っていた。だが、その勢いはほとんどないと言っていいだろう。頭上で破裂した膨大な水は、瞬間的に矢のような激しい雨を降らせたものの、その力の多くは拡散している。


 拡散した衝撃は、青龍のいる小部屋の煙まで、どこかに押し出すほどの力があった。だが、当然押し流す水の力はほとんどなく、ただそこにいる者たちの衣装が濡れただけとなっていた。


 そう、不完全な術の効果は、全身がずぶ濡れになった不快感だけをその爪痕として残していた。


流石さすがね! 正吾しょうご!」

 清楓きよかの感嘆の叫びが響き渡る。だが、それを受け取る正吾しょうごは、何故かかわいた笑みを浮かべている。


 少しだけ残っている煙と暗闇の中にいる正吾しょうご。その顔が持つ意味を理解したものはいなかった。


 そう、青龍が術を完成する瞬間、確かに正吾しょうごは居合切りを放っていた。だが、それは青龍には届いていない。ただ、煙だけを切り裂いたのみ。だが、清楓きよか達にそれは分かるはずがない。


 しかし、正吾しょうご自身は分かっているのだろう。手ごたえのなさが、彼に真実を伝えている。


 ただ、青龍の術が止まったことは事実。それは誰かが止めたという事を意味している。


 それは、この場にいる誰もが理解していることだろう。だから、その立役者は正吾しょうごしかいない。


 清楓きよかが単純にそう思ったのは無理もない。もう一人その場所にいた無二むには、味方から放たれた二つの術をまともに受けて、動けないはずだから。


 そして清楓きよかは思い出す。そこにまだ治療の完了していない無二むにがいる事を。


無二むには!?」

無二むにさん!」

清楓きよかがあげた安否を気遣う声と白菊しらぎくがあげた安堵の叫びはほぼ同時に起こっていた。そして、白菊しらぎくの叫びと共に、その術の効果が発現する。


 おそらく清楓きよかは一瞬緊張が解けたに違いない。全体を見て行動する彼女の役割は、戦況を大きく左右する。だから、彼女は常に全体の動きを見ていた。だが、青龍の術が途中で消えて安堵した瞬間、その事に意識が向いたのだろう。


 無二むにがどうなったかを。


 だが、白菊しらぎく清楓きよかの言葉より早く、無二むにを見つけていた。彼女は術をかけるために、戦闘中もずっと小部屋の中だけを凝視し続けていた。

 炸裂した水球さえ目もくれず、ずぶ濡れのまま気にもせず、ほとんど見えない中で、ただ無二むににつながる何かを求めて。


 だから、誰よりも早く見つけていた。そして、誰よりも早く術を行使し、その後名前を呼んでいた。


 すでにその部屋の煙はほとんど消えかけている。だが、光源のないその部屋の中は、再びもとの暗闇に包まれている。それでも、白菊しらぎくが回復術をかけるために見つけた姿。


 それは青白い光が描く軌跡の先にある、刹那の時が見せていた。


 再び術を唱えようとしている竜人――正吾しょうごが一旦術を止めた竜人――の背後に回った無二むに。その彼を、術を唱えている竜人は気付いていない。おそらくそこにいる誰もが、その姿を見ることはできていない。


 ただ、白菊しらぎくを除いては。


 そして、白菊しらぎくはその瞬間を目に焼き付けていた。自身が放った回復術の完成を示す光と共に。


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