青龍との戦い2

無二むにさん!」

 味方全員にかかる白菊しらぎくの継続回復術が完成したのもその瞬間。そして、清楓きよかの詠唱破棄術も完成する。


白菊しらぎく無二むにを!」

「はい!」


 その間も、優一ゆういちは魚人二体を相手に戦っていた。小部屋の中は、無二むにが言った通りの構成と狭さだった。そして、青龍の行動も予想通りのものだった。


 そんな中、人の発するものではない旋律が洞窟内をこだまする。その流れるような歌声の主は、青龍しかいないと誰もが理解できていた。


「やらせん!」

 煙の充満する中、まだ距離のある正吾しょうごは、まさに術を完成しかけていたもう一人の竜人に居合切りを放っていた。

 小さく切り裂かれた空間。その傷口を、刀が切り裂いた方向に伝えている。半月状に飛び出す小さな真空の刃が飛び出して、煙を切り裂きそこに飛び込む。切り裂かれた煙はたちまち元に戻り、その傷口はふさがれてしまう。

 だが、その瞬間。

 見えないながらも、煙の中から悲鳴が上がる。それは術が中断したと判断できるものだろう。だから、正吾しょうごも次の行動に移っていた。


「青龍!」

 そのまま煙の中に突入する正吾しょうご。だが、自らの目標がはっきりしないのだろう。ギリギリまで近づいて術を止めることを選択していた。


無災むさい! 全体完全回復急げ! 九頭竜くずりゅう! 術軽減! 急げ! 今は攻撃の時じゃない!」

 二体の魚人の攻撃をはじき返した優一ゆういちが、振り返ってそう告げる。その状況を理解したのだろう、無災は術を切り替えていた。だが、九頭竜くずりゅうは応じない。彼の周囲に方陣が描かれはじめている。それは、何者かを召喚している事の証し。最初に宣言したように、おそらく雷獣を召喚しているのだろう。


九頭竜くずりゅう! てめぇ!」

 再び襲ってきた魚人の三つ又の槍が優一ゆういちの両脇をかすめる。それを両腕で抱え込み、槍同士をぶつけるように力を込めた優一ゆういち。その動きは、そのまま魚人たちの衝突となって現れる。そこを見逃す優一ゆういちじゃなかった。そのまま魚人たちを蹴り飛ばす。

 怯む魚人、その隙を優一ゆういちの鉄槌が唸りをあげて襲い掛かる。連続した頭上からの一撃は、確実に魚人たちに深手を負わせる。


よろよろと後退する魚人たち。だが、状況は全く好転していなかった。


白菊しらぎく、まだなの!」

 悲痛な声と共に、己の弓を煙の中に放つ清楓きよか。だが、その答えは帰ってこない。


 旋律は、時に激しく、時に優しく洞窟内に響いている。だが、徐々に荒々しくなっていく。さながら激流のように。


 焦る清楓きよかの眼差しに、白菊しらぎくは首を振って答えていた。必要な詠唱はすでに終わり、術待機している白菊しらぎく。だが、肝心のその効果を発現する先をまだ見つけられずにいる。

 個人を回復する術は、味方全体を回復する術と違い、個人を目で見る必要がある。頭を振る白菊しらぎくの姿は、それを清楓きよかに伝えていた。


 煙の中、流れるような旋律が終局を迎えようとする刹那。


 そこにいる誰もの頭にその言葉が響いていた。それは頭の中に直接語りかけるもの。青龍の思念が、そこにいる全ての者たちに語りかける。


「愚かなり、人間ども。我、東方を守護する龍神なり。不遜な行いは死をもって贖うもの。すべてを押し流す激流に飲み込まれ、己の罪と共に滅びよ」

 明らかに愉悦の感情をその言葉にのせている青龍。その思念が告げた通り、優一ゆういち達の目の前に、巨大な水の塊が出来つつあった。


 その始まりは、ほんの小さな水の塊だった。


 しかし、周りから一気に水が集まり始め、やがてそれは巨大な水球へと変化を遂げていく。すでに優一ゆういちの見た青龍よりも大きくなっている水球。なおもその大きさは増していく一方だった。


 その大きさが増すたびに、荒ぶる水球はゆっくりと上昇を始めている。


「くそ! どこだ!」

 煙の中、正吾しょうごの焦る声が響いてくる。苦し紛れに繰り出す刃が、煙を徐々に四方に散らす。だが、正吾しょうごは標的を捉えられず、ただ焦りだけが積もっていく。


 苦しげに放った居合の刃が、その場所にある煙を切り裂いていく。だが、充満した煙にとって、その傷はたやすく塞げるものだった。


 それは繰り返された中で起きた、ほんの一瞬の出来事。


 多分、その光景は優一ゆういちのみが偶然目にしたことだろう。正吾しょうごの放った居合の刃。それが切り裂く刹那の間隙。煙のないその空間に、青白い蝶が舞っていた。


 にわかに上がった咆哮と共に、巨大な水球は一機に膨れ上がっていく。


 ――その瞬間。頭上で炸裂した水球は、膨大な水を生み出す。


 その流れが、優一ゆういちたちに容赦なく襲い掛かっていた。

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