青龍との戦い5

 戦闘行為という人間の行動。それには動作と時間が密接に関係している。一つの行動が完了するには、一つの動作とそれが完了するまでの時間が必要となる。それがそろって初めて行動の結果となる。


 言い換えてみれば、完了していない動作中に、異なる行動はできないという事だろう。


 例えば、薬師くすし僧侶そうりょが使う回復術。他には陰陽師おんみょうじ術忍じゅつにんと呼ばれるしのびが使う攻撃術がわかりやすい。一般的に、術を使うには必ず詠唱という動作が必要となる。しかも、複雑なものや威力が増すものほど、詠唱という動作とそれが完了するまでの時間が長くかかり、多大な時間を必要とする。


 ただ、何事にも例外というものが一つある。それが『詠唱破棄』という状態。


 巫女みこや神主が使う詠唱破棄術の影響を受けると、その詠唱動作はその状態が続く限り省略できる。だが、その詠唱破棄術の影響を受けたとしても、やはり完了する時間そのものをなくすことはできない。


 それを考えると、巫女みこや神主が使う詠唱破棄術がいかに重要か理解できる。だが、その詠唱破棄術の効果をもってしても、効果が大きい蘇生術や、完全回復術といったものは、詠唱そのものを省略できない。


 この世界は、そういう法則で動いている。


 つまり、一つの個体が全力で攻撃している最中さなか、同じ個体で詠唱し続けることはできない。


 そして、それは人間だけの法則ではない。物の怪もののけや鬼や幽鬼といった人外の者も、決して例外ではない。


 この時、誰もがそう考えていた。


 だが、目の前の青龍はすさまじい攻撃を繰り出しているにもかかわらず、あの独特な術の詠唱と言える旋律が聞こえてくる。もはや、清楓きよか達の前には青龍しか存在せず、他に詠唱しているようなものは見えない。だから、その流れるような旋律は、青龍が術を作り上げているとしか考えられなかった。

 

 しかし、その事は、この世界のことわりを根本から変える事と言えるだろう。だから、清楓きよか達の衝撃は計り知れないものになっていた。


 しかも、その効果は着実に出始めている。さっき見た術と同じ現象が起きている。


 つまり、詠唱そのものが終盤に差し掛かっている証しである水球の出現。次々とそこ集まり出す水。その水球の内部は、さっきよりも激しい勢いで渦巻いていた。


 もし、今あれが発動すれば、その場にいる全員が死ぬかもしれない。焦る気持ちが、より一層全員の混乱に拍車をかけていく。


「止めないと!」

 正吾しょうごの叫びがこだまする。だが、いくら正吾しょうごが切りかかっても、清楓きよかがその弓を放っても、強烈な一撃を優一ゆういちに向けて放つ青龍の攻撃と聞こえてくる詠唱は、止まることはなかった。


 たしかに青龍の体は傷つき怯みはするものの、不思議とその旋律は止むことはない。むしろ傷つき戦っている青龍は、何処か誇らしげだった。


「くそ! どうなってんだ!」

「とにかく! とどめだ!」


 ここに至って初めて、九頭竜くずりゅう無災むさいの目の色が変わっていた。


 そう、いくら攻撃しても青龍が死なないという事実に。


 それほど青龍を守る障壁は固く、生命力は大きかった。


 九頭竜くずりゅうが放つ術も、彼が再び召喚した雷獣が放つ術も、すべて食らっても青龍は生きていた。しかも、優一ゆういちを攻撃しながらも、圧倒的な術を構成し続けている。


 その事実が、普段の九頭竜くずりゅうを失わせていた。


「急げよ、武士! おい! あのしのびはどこに行った! 止めろよ! 術を! 早くしろ!」

 何度目かの轟雷術を完成させた九頭竜くすりゅうは、正吾しょうごに向かってそう叫ぶ。だが、その正吾しょうご九頭竜くずりゅうを相手にしている余裕はない。その瞬間も懸命に、青龍に攻撃し続けている。


 やがてそれは実を結ぶ。水球がさっきよりも巨大になる頃、ついに青龍は地面にその体を伏せていた。


 ただ、その言葉を残して。


「愚か者め。真実を見極める目のない者ども。青龍様を傷つけた報いをうけよ」

 ニヤリと笑ったその顔は、とても愉快といった感じだった。それと共に、地面に伏せた青龍の体は、煙のようなものに包まれていく。それは一瞬にして清楓きよか達の視界を遮るものとなっていた。


 その時、清楓きよかの悲痛な声が洞窟内にこだまする。


「なぜ! なぜ消えないの!」


 だが、その次の瞬間、水球がいきなりはじけ飛んでいた。すさまじい量の水が、衝撃と共に爆散する。


 それは、それとほぼ同時に起きた出来事。


 洞窟を震撼させる音に続き、何かが落ちてきたような水柱が上がっていた。


 そこにいる誰もが感じた揺れと共に。

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