青龍との戦い6

「止まった……、の……か……?」

 破裂した水球が、激しく降る雨のように感じる中、優一ゆういちの呟きがポツリとそこに落ちていた。


 まわりの景色は煙と雨のように降る水が交じり合い、目と鼻の先にある景色も見えにくいものになっていた。だが、あの詠唱は聞こえてこない。そして、さっきまであった膨大な水の塊は、もうどこにもなかった。


 やがて、雨はおさまり、倒れた青龍の体から発した煙も四散していく。それは、そこにいる人間にその真実を伝えるものとなっていた。


「なんだ? これは?」

 絶句した優一ゆういちが見る先にあったもの。それはさっきまで戦っていた青龍の亡骸ではなく、護衛として最初にいた竜人の姿をしている。いや、それよりもさらに大きな竜人だった。最初にいたのが普通の竜人とするならば、それと比べてゆうに三倍の大きさはあるだろう。

 その立派な体つきが示すように、彼は高い生命力と耐久力、術耐性を持っていた。ひょっとすると竜人のおさなのかもしれない。彼が身に着けているものは、どれも豪華といえるものだった。


「青龍はどこに!?」

 煙が晴れ、視界が良好になった広場を見回す正吾しょうご。その言葉に、全員の視線がその姿を追い求める。


 だが、いくら探してもこの場にその姿は見つからない。だから、視線がそこに向かうのは、至極当然の結果と言えるだろう。


 清楓きよか達の視線は、ただ一つの場所に向けられていた。


「あそこ! 何かいる!」

 清楓きよかが示すその先は、元々青龍がいた小部屋のような空間。そこだけは元々暗い空間。


 少ないながらも、煙も行き場がないのだろう。その暗さも加わって、まだよく見えない状態が続いていた。


 だが、その中でも青白い光は動きを止めていなかった。再び上がる絶叫。それは、この場所で何度か聞いたことのある響きだった。


無二むに!?」

無二むにさんです!」

 清楓きよか白菊しらぎくの声が重なる。ただ、半信半疑の清楓きよかと違い、白菊しらぎくはそう確信していたに違いない。姿は見えないが、その輝きに見覚えがある。白菊しらぎくの声は、彼女の自信を告げていた。


 その時、煙の中から影が飛び出す。


 身構える優一ゆういちを軽々と飛び越したのは、紛れもなく黒い忍び装束の者だった。そう、誰もが無二むにの姿と認識した。だが、どこかそれは別人のようでもあった。


「何か用か?」

 瞬時に清楓きよかの前に立ち、その燃える様な真紅の瞳で清楓きよかを見つめる。だが、その瞳を前にして、清楓きよかの瞳は戸惑いを隠しきれなかった。


 しかし、それは無理もない事だろう。今の無二むにには、いままでのようにどこか頼りない雰囲気はどこにも無い。それどころか、今までにない超然とした雰囲気を全身に纏っている。そう、普通の人間ではない、どこか近寄りがたい雰囲気を。


 もし、人が変わったと言われても、それを信じることが出来るだけの変貌を彼は見せている。だが、それほど超然とした雰囲気を漂わせているものの、彼は清楓きよかを前にして、ただ待っているようだった。


 まるで、何か指示を待っているかのように。


「呼ばれたと思ったが、呼んでないのか?」

 彼は清楓きよかが何か言うのを待っていたのだろう。だが、いっこうにその気配を見せない清楓きよかを見ながら、無二むにはあの小部屋の方に意識を向けていた。


 その時、無二むにの体がピクリと動く。


「用が無いなら、俺は行く」

 そこで何か変化が起きたことを感じたのだろう。再び清楓きよかを見つめた後、もう一度そう告げて小部屋の方に行こうとしていた。


 だが、その行く手を優一ゆういちが遮る。


「おい、どうなってる?」

 何も言えずに佇む清楓きよかに代わり、無二むにの肩に手を置いた優一ゆういちがそう尋ねる。その瞬間、清楓きよかは自身の呪縛を振りほどいていた。


 かぶりを振った清楓きよかが、その背を追い越し再び正面から向き合っていた。


「説明して。体は大丈夫なのよね? 今まで何してたの? 今どうなってるの?」

 彼女の翡翠の瞳が、彼の真紅の瞳を食い入るように見つめる。しかもそれは、その場にいる者たち全員の気持ちなのだろう。その答えを求めるべく、いつしか全ての視線が彼に集まっていた。


「今はそんな場合じゃな――」

「説明して!」

 有無を言わさぬ調子の瞳に、真紅の瞳がその輝きを少し落とす。だが、小部屋の気配を感じたのだろう。注視した瞳は、再び輝きを増していく。ただ、その色はどこか落ち着く感じがあった。


「あの小部屋は上に行くことが出来る。縦穴といった方がいいのかもしれない。しかも、かなり上の方には横穴もあった。傷を負った青龍は飛び上がり、後から来た大きな竜人と入れ替わっていた。そして、姿を変化させたあの大きな竜人に戦わせて、青龍はあの上から術を唱えていた。ただ、そのあとから来たもう一人の護衛の竜人が手練れだったので、術止めに時間がかかってしまった。ようやく青龍を麻痺させて突き落とし、今しがた護衛の竜人を仕留めたところだ。あとは、青龍を残すのみだ。そして、そろそろ麻痺が解ける頃合いだ」

 肩に手を置かせたまま、優一ゆういち清楓きよかにそう告げる無二むに。その間も彼は、その小部屋の方を見続けていた。


 まだ、部屋の中は暗く、よく見えない状態が続いている。しかし、無二むにの体は、何かに対抗する姿勢を見せていた。


「解ける」「待ちなさい!」

 そう告げて駆けだそうとした無二むに清楓きよかが強く制止する。その言葉に縛られるように、無二むには青龍がいる小部屋を見つめながら立ち止まっていた。

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