青龍との戦い7

 薬師くすしの唱える回復術の詠唱が、清楓きよかの言葉の裏で響いている。すでにその意志を分かっているが、清楓きよか白菊しらぎくの方を向いていた。いつになく、気遣う優しさを隠そうとせず。


「アナタの治療が先。白菊しらぎく、お願いね」

 傷だらけの無二むにを放置できない。それは無二むにの話の途中から詠唱を始めていた白菊しらぎくもそうなのだろう。単体回復の効果は、無二むにの傷をみるみる見事にふさいでいた。


「――礼を言う。では、行く――」「だから、待つって言ってるでしょ!」

 再び駆けだそうとする無二むにの腕を、清楓きよかが素早く握っていた。


「痺れの解けた青龍が、再び術を唱えるために距離をとる。その前に仕留めなくては」

 自らに制限を課せられることが不思議な様子で、無二むには急ぐ理由を口にする。だが、そこに憤りの色は無く、淡々とした眼がそこにあった。


 無二むにが振りほどこうと思えば、その手は簡単に振りほどける。そのはずなのに、決して彼はそうしない。その事は清楓きよかが一番よくわかっているのだろう。


 しかし、それでも彼女はその手に力を込めていた。


「アナタ一人で戦ってんじゃないの。周りと協力して。少しでいいから、アタシ達を頼って。仲間なの。アタシ達を信頼して」

「――わかった。術止めをしろとの指示だったが、今から支援に徹する」

 切り出した言葉を受け止めて、彼は自らを掴む手をそっと外す。短く一言添えた後、無二むに九頭竜くずりゅうの方を振り返っていた。


「クズ、リュウ……、大極破はてるのか?」

「失敬だな、君は! 人の名前を途中で切るなんて。僕の名前は九頭竜くずりゅうだと言っただろ!」

 無二むにの言葉に、憤慨する九頭竜くずりゅう。だが、それを無視して彼は話を続けていた。


「そんなことはどうでもいい。急ぐことだ、質問に答えてもらおう」

「どうでもよくはない! 覚えろ、りゅう・だ!まあいい。それは後にしてやる。てるさ。当然だろ。僕は九頭竜くずりゅうだぞ」

「なら、二回溜めてて。それで片が付く。クズ・リュウ」

「何故そこで切る! くそ! 馬鹿の相手はしてられない。僕は君の指図は受けないよ。でも、せっかくだ。この僕の華麗な大極破を見せてやろうじゃないか!」

 さっきまでの機嫌の悪さはどこかに消え失せ、九頭竜くずりゅうは誇らしげにそう答える。


 陰陽師の使う大極破は、効果が大きいが準備に時間がかかる。だから、めったなことでは使えない。だが、その効果は絶大とされている。周囲の力を集めた分だけ強い力を行使できるその術は、陰陽師が使う術の中でも、もっとも強い術の一つに数えられている。だから、この場でそれが披露できる高揚感が、九頭竜くずりゅうの態度を変えていた。


 九頭竜くずりゅうの詠唱が始まり、その周囲に術の光が集まりだす。


「よし、そこの密教僧。そこで倒れているでかい竜人に蘇生不可だ。青龍は必ず自分の盾になるものを蘇生してくる。万が一、俺の術止めが間に合わなくても、それで何とかなる。そのあとは俺がなんとかする。とどめはクズリュウ大極破できまる」

 それだけを言い残し、無二むには小部屋の方に駆けて行く。白菊しらぎくの『大丈夫なのだろうか』という顔を残して。


 その瞬間、小部屋の煙が拡散する。瞬く間に煙に包まれる一行。


 まるで突風が吹き荒れるように、周囲に煙を振りまいていた。おそらく警戒したのだろう。一瞬にして、立ち止まる無二むに。だが、それが単なる風だと理解したのか、再び無二むには小部屋へと駆けて消えていった。


 広場中に煙が拡散し、やがてそれも消えていく。陰陽師と密教僧の詠唱が続く中、つづけて小部屋に飛び込んだ正吾しょうご優一ゆういちが見つけたもの。


 それは、しのびが使う苦無くないにつけられた残し火。その明かりに照らされていたのは、三体の竜人と二体の魚人の躯だけだった。

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