青龍との戦い8

 ほのかな明かりが、揺れる世界を形作る。まだ水がたまったその場所で、無残な屍となっている竜人たち。それは落下した青龍によるものだけではなく、無残に切り刻まれたあともあった。


「どこだ? どこに消えた?」

 それらを見ながらも、優一ゆういちは必死に周囲を見回している。いくら薄暗く見えにくいといっても、ここは周囲を岩肌に囲まれた小部屋のような場所。そんな場所に、あの大きさのものが隠れることなどできない。しかも、無二むにがそれを追っているのだから、その気配があるはずだった。


 だが、動くものがないこの場所に、青龍と無二むにはいないという結論がやってくる。だからだろう、その事実が優一ゆういち達にその行動を選ばしていた。


 当然のように、優一ゆういち正吾しょうごは上を見上げる。そこに答えがあることを求めて。


 そこには上へと伸びる空間が広がっていた。 


 そして、見上げた先にあったもの。それは間違いなく天井部分。岩肌は小部屋と同じで光源は見当たらない。だが、そこには少し明かりがある。


 丁度横穴がそこにあることを示すように、そこにもあの苦無くないと残し火がついていた。


「くそ! あっちか!」

 そう叫んでみたものの、優一ゆういちにそこを昇る手立てはない。思わず隣にいる正吾しょうごを見たものの、優一ゆういちはそこに自分と同じ感情の顔があるのを確認しただけだった。


優一ゆういち! どうなってるの!」

「大丈夫ですか?」

 中の様子が気になったのだろう。小部屋からそう離れていない所まで近づく清楓きよか白菊しらぎく。まだ、危険な場所である小部屋付近まで近づいてきたその声に、思わず優一ゆういちの意識はその声の主に向けられていた。


 だが、清楓きよかの声が洞窟の広場から届いたと思ったそのすぐ後、別々に上がった音と声が優一ゆういちの耳に急を告げていた。


優一ゆういち殿!」

 退避する正吾しょうごがあげた警告の声。その声の意味することを知る前に、優一ゆういちは危険を察知していた。あらゆる危機回避能力を総動員する優一ゆういち達。さらに追い打ちをかけるような響きを背に、彼らは辛くも飛び出していた。


 ちょうどその少し前。二人の頭上で起きた出来事。それは、上の横穴から飛び出した無二むにが青龍を相手に一人で戦った結果起きたこと。


 青龍の繰り出す尾の攻撃を、紙一重で躱す無二むに。浮いている青龍に比べ、無二むには洞窟の壁をうまく利用しながら体勢を維持している。

 当然、無二むにの躱した攻撃は、洞窟の壁にきざまれる。洞窟の壁がそれに耐えられるわけもなく、無残な悲鳴を上げて砕け落ちていく。


 それがまさに優一ゆういちたちの頭上で起きていた。


 落下する岩に押しつぶされないように逃げる二人。飛び込むように広場に回避したことで、かろうじて難を避けていた。だが、その分無様な姿となっている。しかし、それを笑うものは一人もいない。


 その小部屋に降り注ぐ岩の雨を目撃したのだから。


 次々と落ちてくる数多くの岩が、水しぶきを上げてその小部屋の一部となっていく。それと共に、光がその部屋を照らしだす。おそらく天井部分が崩落したのだろう。さっきまで暗かったそこは、洞窟の中で一番明るい場所に変わっていた。


 そして、落ちてきたのは岩だけではなかった。


 屈辱の雄叫びと共に再び上がる地響きは、そこに落ちてきたものの正体を告げている。少なからず残っていた水をまきあげ、落ちてきた青龍がその姿を全員に見せつける。


 切り裂かれた部分から血を流し、息も絶え絶えな青龍の姿を。


 だが、青龍は落ちたままそこから動かなかった。そして、それは優一ゆういちたちも同じだった。


 まだ体勢を立て直していなかった優一ゆういち正吾しょうごは、青龍に対して無防備な背中をさらしている。もし、今戦いが始まれば二人に深刻な傷が刻まれる。


 瞬時にそう判断したのだろう。白菊しらぎくの詠唱が、すでにある詠唱に加わっていた。

 だが、青龍は動かない。いや、動こうとしているが動けないようだった。


「クズ、今だ!」

 その瞬間、小部屋から飛び出た影。その影が飛び出しながら、冷静にそう告げていた。

 しかも、その影は周囲の状況を素早く見て取り、素早く白菊しらぎくの前に立っている。


 その姿を忌々しそうに見つめる九頭竜くずりゅう。だが、その集中を欠かすことなく自らの詠唱を続けていく。


 今、この洞窟に響く音は、青龍にとって都合のいいものではない。だが、しびれたままで動けない青龍は、それをどうすることもできずにいた。


 ただ、憎悪の瞳を無二むにに向けて。


 しかし、やはり青龍の力は侮れない。時間がかかったものの、小部屋の中で自分の麻痺状態を解除する青龍。だが、その顔を再び上げた瞬間。九頭竜くずりゅうの勝ち誇った声が響いていた。


「見せてやろう! これが僕の力だ! 大極破!」

 その声と共に、瞬時に九頭竜くずりゅうの背に陰陽大極図が浮かび上がる。それと時を同じくして、青龍の足元に八卦陣が描かれていた。


 一瞬、全ての光が飲み込まれ、陰陽大極図が光を放つ。それと同時に、青龍を包む八卦陣から幾千の光の柱が立ち上っていた。


 やがてその光は中心部分に集まり始める。光が収束していくその中心には、苦痛にのたうちまわす青龍の姿があった。


 だが、それもすぐに終わる。


 一瞬の爆発のあとに続く轟音と土煙。

 やがてそれは、訪れた静寂と良好な視界へと入れ替わっていく。


 差し込む太陽の光が墓標となる。

 それを見た無二むには、青白い光を纏うその妖刀を鞘に納める。


「任務完了」


 小さく呟く無二むにの声。その視線の先には、もはや動かなくなった青龍の死体が大量の岩に押しつぶされるように横たわっていた。

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