戦利品

 青龍の躯を押し潰している岩石は、容易に取り除くことはできない程降り積もっていた。そこをしばらく観察していた清楓きよか。小さな岩をどけたりしながら、懸命に何かを探している。

 だが、目当ての物は見つからなかったのだろう。肩を落とした彼女は、振り返って全員に告げていた。


「さあ、アナタ達も手伝って。この岩をどけるわ」

 疲れた顔を魅せながらも、その瞳には強い意志が感じられる。だが、それはそこにいる者たちにとって信じがたい言葉だった。


「って、待て。待てよ、お嬢。これをどけるのか? 今から?」

 驚きを隠せない優一ゆういちは、その場にいる全員の言葉を代弁していたと思われる。


 その事を感じたのだろう。清楓きよかは黙って首を縦に振っていた。


「今からよ。今すぐよ。青龍を倒した証として、青龍が持っていた宝珠を持ちかえらないといけない。それに、宝珠がないと封印が解けないでしょ? この周りをいくら探しても見当たらない。そうなると、青龍の宝珠がこの岩の下にあるって考えるのが妥当でしょ?」


「いや、いや、いや。なあ、お嬢。『妥当でしょ?』って軽く言うなよ。これだけに岩だぜ? 俺たち全員でやっても一日や二日でどうにかなるはずがない。青龍の頭はそこにあるが、肝心の腕が見当たらない。その部分は特に大きな岩が乗ってるんだぜ?」


 優一ゆういちの指さすその場所は、特に大岩が重なっている。順番にどけるとしても、その作業は『並大抵のものではない』と誰しも一目でわかるようなものだった。


「じゃあ、どうしろって言うの? そうしないとダメなのは優一ゆういちだってわかってるでしょ? こうしている間にも――」

 なだめようという優一ゆういちの態度を、清楓きよかは激しく拒絶する。しかし、その言葉は最後まで続かず、途中で自ら飲み込んでいた。


「それでは、拙者が一走りしてこよう。近くの村々で人足にんそくを集めればよい」

 正吾しょうごがその場を仲裁するように、二人の会話に参加する。だが、それに賛同するかと思えた優一ゆういちは、黙って空を見上げていた。


 清楓きよかが最後に飲み込んだ言葉。それを分かっているのだろう。その気持ちが、優一ゆういちの体を動かしていた。


「ああ、正吾しょうご。頼む。オマエさんが適任だろう」

 それは、そこにいる面々を考えてのことだろう。しかし、そう言った後に優一ゆういちは、くるりと身をひるがえすと、そのままわき目もふらずに正吾しょうごに近づく。しかも、正吾しょうごの耳に顔を近づけ、反対の肩を掴みながら。まるで抱きついているかのように。


 すぐ近くであがる小さな声。だが、それも気にせずに、ただ小声で『急いでくれ』と正吾しょうごの耳元で告げていた。


 しかし、優一ゆういちはその目を大きく見開くことになる。その後ろにいた少年を見ることで。


「青龍の宝珠は俺が持っている。戦利品だ」


 白菊しらぎくの前に立っていた無二むにが、片手を前に出していた。その手に握られている碧い水晶球は、その独特の輝きをその身に宿す。


 言葉を失いながらも、優一ゆういち無二むにの方に近づいていく。だが、その優一ゆういちを突き飛ばすように、清楓きよか無二むにの前に走り寄っていた。たまらずよろける優一ゆういち。だが、今は誰もその事を気にしてはいなかった。


 清楓きよかとて、その宝珠を直接目にしたことはないのだろう。だが、その特徴は知っている。そんな瞳が、無二むにの手にある水晶球を、食い入るように見つめていた。


「どうだ? お嬢」

「碧い水晶球。独特の輝きがあり、中には水の流れのようなものがある。間違いないわ、優一ゆういち

 背中からの問いかけに答え、覗き込んだその顔をあげる清楓きよか。彼女を見つめる無二むにの瞳は、澄んだあおい瞳をしていた。


「アナタ、いつこれを?」

「先に奴の腕を切り落とした。その時に確保しておいた。これは必要なものなのだろう?」

 清楓きよかの手を取り、宝珠をその手に持たせる。翡翠の瞳が驚きに見開かれているのを、紺碧の瞳が真剣に見つめる。そして落とさないように、しっかりとその手に持たせていた。

 

 予想外の行動に、清楓きよかは不意を突かれたのだろう。ほんのり桜色に染まる頬。だが、それを振り払うように、清楓きよかかぶりを振っていた。


 しかし、そんな態度を気にした様子もなく、無二むには洞窟の入り口の方に歩き始める。だが、誰も帰ろうとしない事に気が付いたのか、その歩みは止まって振り返っていた。


「どうした? 次に行くのだろう? 四神はあと白虎びゃっこ朱雀すざく玄武げんぶがいる。急ぐのだろう?」


 いぶかしむ無二むにの顔を、全員が驚きの目で見つめていた。

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