諍い

 清楓きよか優一ゆういちのやり取りを、九頭竜くずりゅう呆然と眺めていた。力仕事は自分に関係のない事。そんな意識が彼の中にはあるのだろう。だが、清楓きよか無二むにのやり取りには、唖然あぜんと言う顔にならざるを得なかった。


「いや、待て! 待つんだ!」

 そのまま帰ろうとする無二むにを見て、九頭竜くずりゅうは思わず呼び止めていた。元々振り返っていた無二むには、その視線を彼に向けている。その結果、九頭竜くずりゅうは全ての視線を集めることになっていた。


 不用意な注目は、彼の得意とするものではないのだろう。しかも、『自らが口火を切ったことに後悔してる』という顔がそこにある。だが、それでも呼び止めた以上、何か言わなければならない。彼の中での葛藤が、その苦悶の表情によく表れていた。


 だが、無二むににとっては呼び止められたままの状態。しかも相手は苦しそうにしている。だからだろう。普段ならそのまま待つ無二むにも、自分から尋ねることを選んでいた。


「何か用か? クズ、リュウ」

「やはり失敬だな、君は! 僕は九頭竜くずりゅうだと、何度言ったらわかるんだ!」

「だから、そう呼んでいる」

 心底不思議そうな顔を見せる無二むにに対して、九頭竜くずりゅうの怒りは心頭に達したようだった。


「ふん、君がそんな態度を取っていられるのも今のうちだ。ここでは言うまいと思っていたが、言ってやる。少年、君はやはりカミツキだ。その年で、あまりにも常軌を逸しているその強さ。どう考えても、君は普通の人間じゃない。しのびの者が行う鍛錬が非常識なのは知っているさ。でも、それでも。その若さでそれだけの強さを得ることはできない。そして、その常識の無さだ。宝珠だぞ? そんな簡単に手放していいのか? 普通ならそうならない。誰も君が持っているなんて思ってなかった状況で、何故わざわざ渡す必要がある」

 指をさし、勝ち誇った顔を向ける九頭竜くずりゅう。だが、向けられた無二むには全く理解していなかった。


「すまない。俺自身の強さについては、自分でも分からないから何も言えない。だが、青龍の宝珠は清楓きよかが必要としているものだ。ならば、清楓きよかが持つのは当然じゃないのか? 第一、俺は清楓きよかの為にここにいる」

 苛立ちを見せる九頭竜くずりゅうの顔をしっかり見て、無二むにはそう答えていた。その瞳には、偽りの光はなく。ただ、深く澄んだ色に満ちていた。


 その言葉に、様々な反応が見えていた。言われた清楓きよかは言うまでもないが、その横で白菊しらぎくが何やら清楓きよかにつついている。だが、ことさら大きく反応する人物が進みでる。


九頭竜法経くずりゅうほうけい、そなた業平なりひら殿にどのように報告するつもりなのだ? 先ほどのやり取りと今の言葉。その両方を考えた上で考えてみよ。拙僧はいささか早計と思うが、いかに?」

 そう言いながら、横から無二むにに近づく無災むさい。近づきながらも、その顔は九頭竜くずりゅうへと向けられている。


「何が言いたい? 生臭坊主」

「なに、大したことではない。正しく物事を見るには、私情を捨て去れと言いたいだけだ。自慢の術を披露できたのはいい。だが、そのじつ、青龍が死にかけておったのが不満なのであろう? あれでは己の術で倒したとは言えぬよな。しかも、護衛の竜人にあれだけ術をたたき込んでも倒せなかったのだ。それよりも強い青龍を瀕死に追い込んだ少年を考えると、もはやカミツキとせねばそなたの気持ちに納まりがつかぬ。だが、お主のいう事は真逆よ。まことカミツキであれば、その性質は貪欲極まりない。おそらく宝珠をわが物とするだろう。あの状況を考えて見よ、隠しておけばわからぬ。あとで作業をしている際に、何かを砕いて岩に紛れ込ませてもよい」

 無二むにの傍らに立ち、九頭竜くずりゅうに微笑みかける無災むさい


 だが、九頭竜くずりゅうはその言葉を嘲笑する。


「ふん、それを君に話す必要はない。だが、紛れ込ますのは君だろう? その荷物に偽物を用意しているのは知っているよ。僕を陥れ、自分を信用させる。そして油断をついてだましとる。僧兵の恰好をしながら密教僧である君なら、嘘も得意だろうしね。でも、これだけは言っておく。どんな状態であっても、青龍を倒したのはこの僕の術だ。これは事実だよ」


 互いににらみ合う無災むさい九頭竜くずりゅう。互いに相容れないものを、無理やり抑えているのがよくわかる。


 だが、そのにらみ合いもすぐに終わりを迎えていた。


「まあ、言いたいことは山ほどあるけどね。九頭竜くずりゅう。アンタはもういらないわ。好きにして結構よ。どこでも行きなさい。無災むさいもいらない……、って言いたいところだけど……。表向き協力的な事は分かってるから、今は言わない。でも、覚えておいて。あなた達大人が何をめぐって争っているかに興味ないわ。でも、今はそれより大事なことがあるでしょ?」


 不毛な言い争いに終止符を打つ清楓きよかの声。その凛とした響が、青龍の洞窟を駆け抜けていた。



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