迷いの中で

 なだらかな起伏のある草原を、六人の男女が歩いている。その後ろを、やや遅れて一人の優男がついてきていた。街道からかなり外れた草原は、運が悪ければ魔獣に出会うこともあるだろう。だから、そんな場所を好き好んで一人で歩く者がいるはずはない。しかし、彼は集団とは交らずに、悠々自適な姿を見せていた。


「まだ、ついてきますよ? 『くず』が『つく』になったみたいです」

 白菊しらぎくが、隣を歩く清楓きよかにそう告げる。それを聞いた清楓きよかは、ちらりと後ろを振り返り、肩をすくめて歩みを続ける。


「さっきのやり取りの繰り返しよ。『ついて来るな』って言ったって、『僕がついて行くだって? 君たちこそ何故僕の前を歩いているんだ?』って言うのよね。まったく素直じゃないわね。謝るなら、許してあげることも考えてもいいのに……」


 そう言いつつ、清楓きよかは小さく息を吐く。その姿を、白菊しらぎくは黙って見つめていた。だが、確かに何かを言おうとして、白菊しらぎくの言葉は遮られる。

 

 思わぬ横やりが、前を歩く背中からやってきたために。


「ほほう、ならお嬢は許すんだな? まあ、陰陽師の隠形おんぎょうがないとオレ達だけ戦闘が続くよな。休めないよな。ああ、隠形おんぎょうが出来る奴は羨ましいぜ。でも、隠形おんぎょうが出来ないお嬢は、俺たちの仲間だな。だから、隠形おんぎょうが出来る奴を追いだしても、オレは文句を言わないぜ。苦労は一緒にするんだからよ」

 前を歩く優一ゆういちが、清楓きよかにそう投げかけていた。その言葉を挑戦的にとらえたのだろう、清楓きよかの頬はにわかに膨れる。だが、そこから何かを言うわけではない。


 憤りつつも、その言葉には全く反論できないようだった。


「追い出したクズが何故かついてくる。これは私たちと行動を共にしないといけない理由があると見ていいでしょう。ただ、私達が目的を達成するには、その追い出したクズに頼らざるを得ない。これはどちらかが折れるしかありませんが、クズもクズなりに体面たいめんというものがありますし、清楓きよかは性格上、自分から頼むわけにはいかない。これは、難局ですね。いえ、無理な話です」

 それはさっき言いかけた言葉なのだろう。白菊しらぎくが追い打ちをかけるように話しだす。


 まるで、他人事のような話し方に、清楓きよかの苛立ちは増していた。


「なら、白菊しらぎくがどうかしてよ――」

「嫌です。この徒党の党首は清楓きよかです。まったく首領っぽい働きをしてなくても、清楓きよかがそうです。だから、自分で何とかするですね。それと、私。あのクズ嫌いですから。ついでに言うと、むさいおっさんも嫌です。善人ぶった顔の下にあるものが特に。ついでに一度叩き出してくれてもよかったです」


 無表情はそのままで、鼻息荒く白菊しらぎくが即答する。話の終わりを待たずに答えられた清楓きよかは、一瞬唖然となりながらも、その言葉に答えていた。


「アタシも嫌いよ。でも、しょうがないじゃない。これまで何度も僧院と天文院に頼んでダメだったの知ってるでしょ? アタシが朋読神社の巫女だから『応じてくれない』っていうのは知ってるわ。でも、そんな事言ってる場合じゃないの、僧院も、天文院もわかってるくせに……。なんでわかってくれる人が助けてくれないで、何も知らない人が助けてくれるのかしら……。世の中おかしいわ」

「なるほど、清楓きよか無二むにさんの無償の愛にほだされかけていると……。確かに、あの言葉は驚きました。あれは告白と言っていいものですね」


 その時、一瞬だが清楓きよかの時が止まっていた。


 その言葉の意味をうまく理解できなかったに違いない。でも、それはいつまでも続かない。急に理解が追い付いた清楓きよかは、顔を真っ赤にして反論する。


「はぁ!? ほだされる? 愛の告白? 白菊しらぎく、何を言ってるの?」

「ほだされるとは、心が束縛されるという意味です。神以外にそれを許すなんて、巫女として失格ですね。そして、誰も愛の告白とは言ってません。告白です。ただの、告白です。何の告白かまで、私は言ってませんよ? でも、する必要のなかった『武神降臨』に失敗した後に、無二むにさんと出会っているのですから、それでいいのかもしれませんね……。彼の神憑りめいた力を考えると、そう思います。いっそのこと、『武神降臨』で無二むにさんを呼び寄せた事にしてしまいましょう。そうすれば、新しい神社が出来ます。無二むにさんを神として祭るというのはどうですか? 何なら、私も臨時で巫女をやってもいいですよ。おみくじとお神酒みきくらいは用意できます。ああ、そうです。神社の名前も考えないと……」

 無表情でも、鼻息荒くまくし立てる白菊しらぎく。その様子とその言葉に、最初は狼狽えていた清楓きよかも、少し冷静になっていた。


「ねえ、白菊しらぎく無二むにはカミツキだと思う? もしそうだとしたら、どうしたらいいと思う?」

 お互いに、心のどこかにそれが居座っていたのだろう。小さく呟いた清楓きよかの声は、しっかりと白菊しらぎくに届いていた。


「そんな事、清楓きよかが一番よくわかっている事です。そして、清楓きよか自身が言っていた事ですよ。今更ですね」

「アタシが?」

「『記憶を失ってもアナタはアナタ。ここにいるアナタは、唯一無二の存在だわ』というのは清楓きよかの言葉です。忘れましたか? しっかりしてくださいね。たとえ以前の無二むにさんがカミツキでも、今の無二むにさんは私達と一緒にいて、私達を助けてくれる。記憶がなくて不安だとしても、それを表に出さずにいる。無口だけど、やることはやる。そして、いつも危険に目を光らせてくれています。本当に、頼りになります。無二むにさんの過去を知ることはできませんが、私はこれだけの事を知っています。それに、これから一緒にいる事で、無二むにさんの事をもっと知ることが出来ます。私はそれで十分です。清楓きよかは不満ですか?」

 堂々とそう告げる白菊しらぎくの声。その言葉は、瞬時に清楓きよかの全身を貫いていた。


 だが、次の瞬間。清楓きよかは小さく息を吐き出すと、そのまま俯いて歩いていく。


 だからだろう、目の前にあった大きな背中が、いつになく近くなっていた事に気づくのが遅れていた。


 そして、気が付いた時に、清楓きよかの頭は優一ゆういちの鎧の硬さを知ることになる。


「ちょっと、危ないじゃない優一ゆういち! 今大事な事言おうとしてたのに! 止まるなら止まるって、先に言いなさいよね!」

 金属の鎧に頭をぶつけ、清楓きよかは涙目で文句を告げる。だが、その尋常じゃない気配は、清楓きよかだけでなく、立ち止まった白菊しらぎくにも伝わっていた。


 その背を避けて、二人は前に進み出る。


「ねえ、あれって……」

「はい、燃えていますね。いえ、燃えていたというのが正しいでしょうか」


 丘の上にいる清楓きよか達が見下ろす先。それは、白虎びゃっこの住処という無法者が住む砦。


 荒くれ共が逃げ込む先という砦は、今はただの焼けた跡となっていた。

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