崩れ落ちた白虎の砦

 清楓きよか達が見た状況。勢いよく燃えていたことを物語るように、元々あった砦の姿――もちろん、清楓きよか達はそれを知らない――ではない事を、遠目でもわかる状態になっている。もはや駆けつけてもどうにもならない。すでに焼け落ちていることは明白。何者もそこにいるはずがない。しかし、それでも五人は駆けだしていた。


 五人がたどり着いた時には、少し燃えていた所もくすぶる状態になっていた。まだ、そこに熱気はこもって近づくことはできない。消されたというよりも、燃えるものが無くなって、自然に鎮火した状態と言ってもいいだろう。それ以上近づくこともできず、なすすべもなく見守る五人。しばらく無言で立ち尽くす中、その詠唱が聞こえてきた。


「水龍豪瀑陣」「水天神激流呪」

 ほぼ同時に結ぶその術は、焼け落ちた砦の真上で炸裂する。術同士が持つ大量の水がぶつかり合って雨となり、砦の上に降り注ぐ。


 立ち上る水蒸気が、まだそこにあった熱を物語る。悠々と追いつく密教僧と陰陽師。


 だが、それを咎めるものはいなかった。むろん、礼を言うものもない。


「あーあ、これじゃあ白虎びゃっこはもういないかな。俗世を離れ、しかも戦いが生きがいって奴は、周りの迷惑を考えないね。強さがあっても、常識がない。誰か知らないけど、もっと優雅に行動できないものかな」

「ここにいたのは、皆無頼の徒。引導を渡してやるのも御仏の慈悲。書物に埋もれ、夜空を眺めている口だけの者にはわかるまい。だが、もちろん拙僧は存ぜぬ。誰がやったかなど、わかるはずがない」


 互いに罵りあう九頭竜くずりゅう無災むさい。それを見た優一ゆういちは何かに気付いたのだろう。その目は大きく見開いていた。


「お嬢。多分、ここには宝珠は無い。すでに、持ち去られたに違いない。ここから一番近いのはどっちだ? 朱雀すざくか? 玄武げんぶか? これは一刻を争う」

 あまりに見たことのない優一ゆういちの真剣な眼差しをうけ、清楓きよかの頭は少し混乱状態になっていた。だが、その横にいた少女が考えて、その答えを導き出す。


玄武げんぶのいる玄武山げんぶやま朱雀すざくのいる地獄谷。どちらもここからの距離は同じようなものですが、玄武げんぶの方が近いでしょう。朱雀すざくまで行くには、地獄谷の中、すなわち火山洞窟を通らねばなりません。ですが、玄武げんぶ玄武山げんぶやまのふもとに鎮座しています」

 白菊しらぎくの告げた言葉に、平静を取り戻した清楓きよかが頷く。だが、その理由が欲しいのだろう。今度は清楓きよか優一ゆういちの腕を掴んでいた。


「どういう事よ? 優一ゆういち! 説明して!」

 取った腕を振り動かし、答えなければどうなるかという脅しの視線で見つめる清楓きよか


 だが、優一ゆういちは元々話すつもりだったのだろう。いつもの飄々とした感じではなく、いつになく真顔で二人の男を睨んでいた。


「僧院と天文院に出し抜かれた。オレ達が青龍でもたついている間に、残りの四神の宝珠を取りに行ってるんだ。おそらく、より多く集めたものが主導権を握るつもりだろう。こいつらの協調性の無さとか、全部そのためだったんだ。クソ! あの坊主頭と石頭! 最初から仕組んでいやがった!」

 地面をけり、悔しがる優一ゆういち。だが、それに油を注ぎに来るものがいた。


「人聞きの悪い事を申すでない。拙僧が思うに、根の国に対応するのは皆でという琢石たくせき和尚の計らいであろう。清楓きよか殿の負担を減らそうというお心だと思う。感謝するべきぞ。もっとも、天文院の方は知らぬがな」

 手を合わせ、祈りをささげる無災むさい。だが、その事さえ優一ゆういちは忌々しく思っているようだった。


優一ゆういち、急ぐわよ。今更、何を言っても始まらない。勢力争いをしているなら、させればいいわ。今は、それよりも根の国に行くのが先なの。玄武げんぶの山に行くわ。九頭竜くずりゅう、アナタも来るならこっちにきなさい。今から全員の足を速めます」

 そう告げて、祝詞を唱え始める清楓きよか。その言霊は力を持ち、その場にいる全員の足に力を与える。


「いつかけてもらっても、清楓きよかの『逃げ足』はいいですね。お買いものをするときにもかけてほしいです。あと、正吾しょうご兄様に悪戯する時とかも清楓きよかを呼んでみるとか?」

 何を想ったのか、表情を変えない白菊しらぎくが、その術の影響を受けた感想を告げていた。


「『速足はやあし』だから! あと、変な事で呼ばないでよね! いいから行くわ!」

 場違いな感想の白菊しらぎくをたしなめ、清楓きよかは一人駆けだしていた。そのすぐ後ろを無二むにが黙ってついて行く。そして、白菊しらぎく正吾しょうご無災むさい九頭竜くずりゅうと続き、なぜか優一ゆういちはそこに残っていた。


 だから、優一ゆういちの呟く声を聞くものはいない。


「そうじゃない。そうじゃないんだ、お嬢。根の国の前には、黄泉平坂よもつひらさかがあるんだ……。たぶん、お嬢……。オレ達が露払いの役目を……」


 だが、遠く離れる清楓きよかの姿を見た優一ゆういち。その背中に何かを感じたのだろう。自ら頬をはたくと、それ以上言うことなく全力で駆けだしていた。

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