玄武と戦う者達

 まるで島のような生き物と表現するのがいいだろう。巨大な亀と巨大な蛇が互いの体をからませている。二つで一つの個体を形成しているのか、体から離れないままなのかわからないが、互いに連携して攻撃や防御を繰り出していた。


 それを相手にするのは、巨漢の僧兵。優一ゆういち無災むさいといった体格のいいものが隣にいても、その僧兵にはかなわないだろう。隣にいる鋳物師いものし――その者も優一ゆういちよりも大きいのだろう――よりも、さらに頭一つ抜き出ている。扱う薙刀なぎなたの長さと大きさも、尋常ならざるものだった。


 その姿はまさしく青龍偃月刀せいりゅうえんげつとう。その名を冠する青龍の頭がそこにあり、その口から出る刃が淡い光を帯びている。


 それを難なく振るう巨漢の僧兵。玄武げんぶを前にしても堂々とした姿で渡り合う。むしろ、その他にいる者たちの姿がより小さく思えるほどに。


 しかも、この戦いの趨勢は、火を見るより明らかだった。すでに満身創痍の玄武げんぶ。荒々しい息遣いが、遠く離れた所でも聞こえるよう。しかも、取り巻く者たちはもういない。それに対して、戦っている七人は、小さな傷を負っている者がいるものの、いずれも戦意を失っていない。


 そして、盆地のようにくぼんだ土地の中央にいる玄武げんぶは、その集中攻撃を受けている。


 清楓きよかがその淵にたどり着いたのは、まさにその時。


 巨漢の僧兵が繰り出した渾身の一撃が、この戦いが終わることを告げていた。大きく振りかぶったその刃。その重量と力をのせた一撃が、玄武げんぶを構成する亀の頭を見事にかち割る。


 頭部からの指示を失った玄武げんぶは、その巨体を急に制御できなくなったのだろう。いや、衝撃そのものも凄まじかったに違いない。体の前半分が地面に吸い寄せられるように倒れ込む。その姿はまるで、僧兵に対して土下座するかのように。


 ただ、それだけではなかった。それとほぼ同時に起きた炎の渦と雷の雨。その威力はすさまじく、玄武げんぶ蛇の部分が苦悶に揺れる。


 それはまさに絶好の瞬間と言えるのだろう。無防備をさらけ出す蛇の頭がそこにある。


 玄武げんぶを構成する蛇にとって、それはほんの一瞬の油断だったに違いない。


 だが、それを見逃す者はその場にはいなかった。高く飛び上がった武芸者の一撃が、玄武げんぶの蛇の頭を切り落とす。


 力なく、ついに大地に崩れ落ちる玄武げんぶ。前半分が地面に伏せるようになっていたとはいえ、その地面を揺るがす響は、玄武げんぶの巨大さを物語っていた。


 だが、僧兵は追撃の手を休めなかった。そのまま亀の頭を切り落とすと、続けて四肢を順に切り落としていく。固い甲羅の部分を残し、そこから出ている部分を徹底的に切り刻んでいた。


 大地に沈んだはずの玄武げんぶはいつしか血の海に横たわっている。


 その容赦のない行為と返り血を浴びても気にせず振るう刃。僧兵の仲間達は、ただ黙って見守っていた。


 だが、やがてそれも終わる。僧兵の力をもってしても、固い甲羅は切り刻めなかった現実に、彼はひと蹴りを入れて背を向ける。

 死してなおその偉大な力を残している玄武げんぶ

 それが不満だったのか、やがて蛇の頭が銜えていた水晶球を手にした僧兵が、戦い足りなさそうな顔を浮かべて戻っていた。


 その時、僧兵はようやくその存在に気が付いたのだろう。ゆっくりと清楓きよか達の方に視線を向けていた。


 なだらかな丘の上に立つのは二人。様子を見るために先頭にでた清楓きよかとそれを守るように立つ優一ゆういちだけが、僧兵の目には映っている。だが、彼にはそれで十分だった。


 いきなり大声を出す僧兵。あまりに大きなその声は、草原の彼方まで行きわたるかのようだった。


「ずいぶん遅かったな、朋読神社の娘。久しぶりじゃな、優一ゆういちよ。和尚より聞いたお主のげん、確かに正しかったのだろうな」


 手にした玄武げんぶの宝珠をその前にだし、豪快に笑う巨漢の僧兵。その目は明らかに、二人を挑発したものだった。

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