玄武を倒した者達

 更に前に歩きだす巨漢の僧兵。その豪胆な性格を示すかのように、玄武げんぶの宝珠を小さく放り投げては自分で受け取る事を繰り返している。その間も顔は優一ゆういちを見ている。もしも受け止め損ねた場合、宝珠は地面との衝突し、壊れてしまうかもしれない。そうなれば全て水の泡となってしまう。だが、そんな事はお構いなしに、僧兵の手は止まらない。


 放り投げる度に、衆目を集めだす玄武げんぶの宝珠。僧兵がとる行動は、その輝きを余すところなく、皆に見せつけているかのようだった。


 薄い笑いが、その僧兵の顔に浮かんでいる。


破戒僧はかいそう豪雷ごうらい! オマエが何故ここにいる! 宝珠で遊ぶな!」

 それは今まであまり目にしない、優一ゆういちの憤る姿だった。清楓きよかでさえ、見たことはないのだろう。その驚きの目を優一ゆういちに向けていた。


 だが、当の優一ゆういちはその僧兵しか見ていなかった。燃える様な憎悪の眼差しで。


「騒がしいな。小僧。お美しい母上殿は息災そくさいか? ん!? おお、これは失礼した。すでにオマエ一人残し、涅槃ねはんへと旅立たれたのであったな。今頃は、極楽浄土で幸せに暮らしておる事だろう。世俗を忘れて、母上殿もさぞ幸せだろう。無実の罪で死んだ夫の無念も、叶わぬであろう『仇討の君命』も全て忘れられるのだからな。それもこれも、ワシのおかげ――」

「オマエのせいだぜ! 破戒僧はかいそう豪雷ごうらい! オマエの顔! 人を見下したその笑い顔、いつかこの手で砕くことを夢見てきた!」

 なだらかな坂を、勢いがつくままに駆け降りる優一ゆういち。その姿を見て、豪快に笑う破戒僧はかいそう


 戦いを予感して、邪魔に思ったに違いない。無造作に後ろにいた女武芸者へと放り投げていた。


 玄武げんぶの宝珠を。


 慌てて身を投げだし、かろうじて受け取る女武芸者。何とか受け止めたことに、安堵の息をついていた。

 だが、豪雷ごうらいに文句を言おうと顔をあげた時、彼女の視界にその集団が入ってきた。


 その瞬間、彼女は素早くその集団の中にいる一人の男を見つける。


 そこには、清楓きよかの他に正吾しょうご白菊しらぎくの姿が並んで見える。駆け降りた優一ゆういちがいた所には、無二むにが進み出ていた。その彼から少し離れた位置に無災むさいがたち、そこからさらに離れたところに九頭竜くずりゅうの姿が見えていた。


 玄武げんぶの周りにいたものからは見えにくい位置にいた五人が、優一ゆういちの変化に驚き、その姿を見せている。


 女武芸者の目は、瞬時にその男の存在を捉えていた。そして、もう一人。

 

 その姿を見つけて前に出てきた者がそこにいた。


 玄武げんぶと戦っていた者達の中で、それぞれの標的を見つけた二人。


 別々の場所にいた二人は、それぞれの標的を見つけて同時に叫ぶ。全く別の感情をこめて。


正吾しょうご様! やっと見つけた!」

「アンタ、ここにおったんか! 覚悟しいや! 修羅しゅら!」


 驚き、目を見開いた正吾しょうごと、名は違えど、その矛先が自分に向けられていることを感じた無二むに。その向けられた感情の違いは、それぞれ異なる行動となっていた。


「まこと、東雲しののめ殿か!? いったい何故そなたがここにいる?」

 正吾しょうごの驚きは尋常ではなく、フラフラと数歩歩み寄っている。おそらく東雲しののめと呼ばれた女武芸者も同じ感情なのだろう。いや、それはむしろ正吾しょうごのそれよりも大きかったに違いない。

 もし、宝珠を受け取るために伏せたままの姿でなかったなら、きっと駆け寄っていたに違いない。


 だが、今はその姿勢のままでいた。むしろ、顔を下げている。その顔を繕うために。


 そして、無二むにに向けて憎悪の炎を燃やしている女忍者は、その動きを見逃さなかった。一瞬姿を消した無二むに。だが、清楓きよか達からかなり離れた場所にその姿を現していた。


「卑怯者! ウチから逃げられると思いなや!」

 無二むにの行動を、女忍者は逃亡とみなしたのだろう。燃える瞳で素早く印を結んでいた。陰陽師の術とは違う、忍術と呼ばれるしのび特有の術で。


「忍法、火蝶乱舞」


 素早く結んだ印から放たれたその術は、確実にその効果を見せている。なぜかそこで呆然と立ち尽くす無二むに。それが導き出すことは、火を見るより明らかだった。


 それは幻想的なまでに舞い踊る蝶。だが、その姿は火炎をまとった死神しにがみの姿。触れるもの皆焼き尽くす。そんな死の舞が、無二むにを中心として起こっていた。無二むにを呼ぶ声も、その女忍者の声が打ち消す。


紅葉もみじの無念、ここではらす!」

 その炎に負けないような憎悪の炎をたぎらせた女忍者。その声が告げるのは、争いの幕開け。

 それを彩り形作るは、女忍者が放った術。


 そう、その術にただ焼かれる無二むにの姿だった。


 それと同時に、もう一つの争いの鐘が鳴り響く。


 優一ゆういちの振り下ろした鉄鎚と破戒僧はかいそうが振りかぶった薙刀。


 打ちあう二つの衝撃は、瞬く間にその草原を駆け抜けていた。


 

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