ぶつかり合う力

 それは純粋な力と力のぶつかり合いだった。


 技も駆け引きも何もない。ただ、真正面からの打ちあいだった。

 単純なだけに、明快な答え。ぶつかり合う二人は、ただそれを証明しようとしている。


 勢いをつけて駆け降りる優一ゆういち


 清楓きよかの祝詞の影響はすでに無くなっている。だが、その地形が優一ゆういちに勢いを与えていた。


 ただ、何かを考えたのだろう。そのままの勢いで跳び上がる優一ゆういち。それも破戒僧はかいそうの間合いギリギリのところで。


 だが、それは破戒僧はかいそうにとっては予想していた出来事のようだった。満面の笑みを浮かべる破戒僧はかいそう。そのまま自分の薙刀を大きく後ろに振りかぶる。


 駆け降りる勢いをもってしても、重い鎧を着た優一ゆういちの体はそれほど高くは飛べていない。だが、自分よりも高い位置にある頭に狙いを定めると、そうせざるを得ないのだろう。自らの宣言を実行しようとする優一ゆういちが、その行動をとらせているに違いない。


 ただ、それはそれまでの勢いをどうしても緩めてしまうものとなる。無防備な体をさらしてしまう事になる。


 だが、それはお構いなしといわんばかりに、その攻撃を繰り出していた。

 走ってきた勢いを威力に変える。

 己の体重と鉄槌の重さに、その勢いを加えた一撃。それが、破戒僧はかいそうの頭上から襲い掛かる。


 それは今の優一ゆういちとって、最高に重い一撃。振りかぶった鉄鎚が、その全ての力を豪雷ごうらいの頭めがけて襲い掛かかる。


 その瞬間、無機質な悲鳴がその場に響く。互いの武器が出会う音は、周囲の視線を一斉に集めるものになっていた。


 しかし、それも一瞬の出来事。


 次の瞬間には、互いに衝撃で弾かれていく。自然と距離を取る形になった優一ゆういち豪雷ごうらい。今度は互いに相手の出方を探るように、油断なく相手を見つめていた。


 だが、その闘志を抑えぬままに、豪雷ごうらい優一ゆういちに語りかけていた。


「あの時の小僧が、やるようになった。いや、そうか。あれから十五年か。ワシが年を取ったのかもしれぬな。十五年ぶりにこの地に帰ってきて、久々に息子の顔を見た気がするわい」

「だまれ、外道! 貴様の息子になった覚えはない! 戯言をほざくその口。その首ごと切り落として、母上の墓前で叩き割ってやる!」


 その空気を振り払うように、優一ゆういちは鉄槌を真横に振るう。豪雷ごうらいの言葉一つも伝えるなと言わんばかりに。


「ふむ。そのような仏の道に背く所業を口走るとは……。これでもワシは僧の端くれ。十二神将などと呼ばれる者の一人。そのような話を目の前でされては、看過するわけにはいかぬ。しかも、一夜とはいえオマエの父となったワシじゃ。まっとうな道に戻さねば、オマエの母上に申し訳がない。たとえ、一夜の情だとしても」


 薙刀を構え、腰を落とす破戒僧はかいそう。それはそれまでとは違う雰囲気を放ち始める。


「だまれ、腐れ外道! はずかしめを受けた母上の無念。この一撃ではらしてくれる!」

「オマエの母は追手からオマエを守るために、その身を御仏に捧げると言ったのだ。ワシの目の前でな。だからワシは、御仏に代わってその願いを叶えた。ただ、そのような雑事に、御仏のお手を煩わすわけにもいかぬであろう? 故に、願いを叶えるワシがその身を頂くのは至極当然。やれやれ……。心根が腐ると、物の見方も歪むよの。ついでに言えば、今のお前があるのはこのワシのおかげ――」

 その言葉を最後まで聞かぬうちに、優一ゆういちの鉄槌が唸りをあげる。


 再び打ちあう鉄鎚と薙刀。ほんの一瞬拮抗したかのように思えたが、その力の差は歴然だった。


 豪雷ごうらいが吐き出すため息の後、たちまち吹き飛ばされる優一ゆういち

 その身で様々な強者つわものの攻撃を受け止めてきた優一ゆういち。彼を昔からよく知る者達は、その事態に目を丸くする。


「どの口が!」

強者つよきもののみが話を出来る。弱者よわきものは地面をなめるのみ」


  再び挑みかかる優一ゆういちの鉄鎚を打ち払い、さらに一歩踏み込んだ破戒僧はかいそう。その手にしている薙刀を、大上段から振り下ろす。


 それは息もつかせぬ二連撃。


 最初の一撃ですでにバランスを崩していた優一ゆういちは、次の一撃を受け止める手段はない。誰もがそう思う程の速さと重さを感じる攻撃を、優一ゆういちはかろうじて躱していた。


 そして、豪雷ごうらいの一撃は、文字通り大地を割っている。


 それは優一ゆういちが見せた絶妙な体さばき。その衝撃の為か、そのまましばらく転がる優一ゆういち。だが、少し離れたところで、体勢を立て直す。次の攻撃に備えるために。


 だが、破戒僧はかいそうの追撃はない。それを成し遂げたはずの優一ゆういちも、腑に落ちない様子で破戒僧はかいそうを見上げている。


「ほほう、このワシに血を流させるだけでなく、わずか一瞬でも、ワシの動きを止めるか。やりよる、やりよるのぉ、小僧」

 自らの体に刺さったものを、無造作に抜き取る豪雷ごうらい。右腕と首筋、そして左足に刺さった苦無くないは、破戒僧はかいそうの動きを一瞬止めたようだった。


 振り返った豪雷ごうらいが、さらに大きく目を見開く。


 そこにあるのは、片手で女忍者を拘束し、もう片手で苦無くないを持つ無二むにの姿だった。


 両腕を後ろ手で拘束されている彼女は、自分の置かれている状況が全く理解できていない様子で、あたりかまわず喚き散らす。


「ほほう。あの一瞬で、分身と影移動を同時に。しかも、あえて分身に攻撃をうけさせ、敵の目を引きつつ、自らはその背後に回り自由を奪う。しかも、あの距離でそれを成し遂げたか。抜け目のない狡猾さ。驚くべき素早さ。そして、類稀なる強さ。このワシにさえ、その気配を読ませぬとは恐れ入った」


 心底感心したように、その目を無二むにに向ける破戒僧はかいそう


 それは新しい標的を見つけた喜びなのか、鈍く怪しい光を放っていた。


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