青龍の洞窟4

 いきなり立ち上がったその姿に、皆が驚きの目で見つめる。それを心地よく思ったのだろう。満足そうに頷いた九頭竜くずりゅうは、両手を広げてえつる。


 だが、それよりも自らの宣言の方が大事だと気付いたのだろう。仰々しく振舞いながら、未来を語って聞かせていた


「いや、ここはこの僕が華麗なる陰陽師の術を披露しようじゃないか。相手は狭い場所にいるんだ。連続して広範囲術をたたき込み、一気に片付けてしまおうじゃないか。僕は炎術が好きだが、雷術も得意だ。あとで雷獣も召喚しておこう。巫女にも風術があるよね? 君も適当に使えばいい。でも、この僕にかかれば、狂った竜などたやすいものだ。そうだろう? 無災むさい。君も僧兵の恰好をしているが、そもそも密教僧じゃないか。体に似合わず、術の方が得意なことは知っているよ。まあ、君の術が無くてもいいけどね。僕の華麗な術をくらって、下等な妖怪や物の怪もののけ風情が生きていられるはずがないからね」

 宣言前よりもさらに満足しているのだろう。ことさらにえつひた九頭竜法経くずりゅうほうけい。そのまま後ろに倒れるのではないかという程、満足げに胸を張っていた。


 そして、もう一人立ち上がる。一体何を考えたのか、左手の籠手を外し、法衣の袖を捲し上げて。


「拙僧は特に異存はない。だが、そこの自信過剰な陰陽師の言うように、拙僧は僧兵ではなく密教僧なのだ。肉弾戦は得意としておらんが、求められるなら応じるだけの鍛錬はしておるぞ。技は無いがな」

 自らの筋肉をことさらに強調する無災むさい。荒い鼻息と共に躍動させた筋肉。それをしばらく見せつけた後、こちらは何事もなかったかのように法衣をただして座っている。


 だが、清楓きよかはそれを全て無視して凝視する。

 その怒りの視線を尊大に受けとめた陰陽師。見下す視線をそのままに、清楓きよかに愉悦の笑みを向けている。


 それはさらに清楓きよかの怒りに火をそそぐ。立ち上がった清楓きよかは、腰に手を当てまくし立てていた。


「アナタ聞いてなかったの? 近接戦闘主体でいくって言ったじゃない。明らかに敵は、術攻撃を仕掛けてくるの。わかってる? 術阻害をしながら、戦わないといけないの。わかってる? 白菊しらぎく無災むさいの回復が追い付かなかったらどうするつもりなの? アナタが今までどんな敵を相手にしてたのかは知らないわ。でもね、ここはアナタにとっても未知の敵でしょ? しかも相手は根の国へ行くための封印の祠を守護する神の化身よ。封印の祠を守る結界は、東西南北の守護者が担う。その守護者の一人、東方を守護している竜なの。アナタそれ、わかって言ってる? アナタの術がどれほどのものかは知らないわ。でも、青龍の力も分からないし、侮れない。だから、アナタの術を作戦の主軸には置けない。いい? これはアナタの自尊心を満足させる戦いじゃないの。アタシ達と行動を共にする以上、アタシと白菊しらぎくの作戦に従いなさい」


 元々身長差のある二人。だから、清楓きよかが立ち上がっても、尊大に見下す視線を九頭竜くずりゅうはもっている。

 だが、その視線を真っ向から睨み返す清楓きよか。さらにその視線を不敵な笑みで迎える九頭竜法経くずりゅうほうけい


 二人のにらみ合いは、いつ果てることなく続いていくかに思えた。だが、時間は容赦なく過ぎていく。ここに張り巡らされた隠形おんぎょう結界も、無限に続くわけではない。


 その時、今いる場所の風景が徐々に元の姿を取り戻し始めた。


「さあ、そろそろいい頃合いでござろう。九頭竜くずりゅう殿、皆に隠形おんぎょうを」

 正吾しょうごの言葉に、不承不承の面持ちを見せる九頭竜法経くずりゅうほうけい。しかし、自らの結界が消えていくのを感じているのか、その言葉に従っていた。

 

 素早く隠形おんぎょうを唱える九頭竜くずりゅう。その効果は絶大で、みるみるうちに全員が消えていく。


「ではいくぞ。手前の大岩で集合だ。お互い見えないだろうが、壁際を進め。ゆっくりでいい。静かにな。音を立てて近づけば、気取られるやもしれぬ。無二むに、お前は全員いると感じたなら、大岩で俺に合図して突っ込め。魚人の注意は俺が引く。お前は術止めを意識しつつ、好きに暴れろ。それがお嬢の指示だ」


 優一ゆういちの話が終わると同時に、結界がきれいに消えていた。それと同時に大岩も消えてなくなり、全員の姿も明らかになる。


 ――もし、それぞれに隠形おんぎょうの効果がなければ。だが、九頭竜くずりゅう隠形おんぎょうの効果はしっかりしていた。そこには誰の姿も見えなかった。


 まさにその時、洞窟を徘徊している物の怪が近くを通り過ぎていく。だが、物の怪も何も見えていないのだろう。しばらく行ったところで引き返し、再び彼らの前を通り過ぎる。


 もはや、無二むにに返事をする意志があったのかわからない。ただ、無二むにに返事をする時間もなかったと言えるだろう。


 いや、正確には返事する時間はあった。だが、それよりも無二むには他の事が気になっていたのかもしれない。


 隠形おんぎょうが完成する瞬間。


 残された小さく突き出た洞窟の曲がり角を、無二むには静かに見つめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る