新たな仲間4

 酒場のすべての視線が、清楓きよか達がいる所に集まっている。


 間違いなくその中心にいる優一ゆういち白菊しらぎく。だが、二人はそんな事をまるで気にした様子はない。まるで興に酔いしれているかのように、楽しげに語らいを続けていく。


「では、その方は陰陽師の九頭くずさんというのでいかがでしょう?」

「なるほど、それは短くていいな! おい、クズ! うん、言いやすいぜ、嬢ちゃん! それに決まりだな! おい、聞いてるか少年? オマエもちゃんと覚えておけよ! 九頭くずりゅうだから、九頭くずでいい」

 優一ゆういち無二むにを指し示すも、少年は黙って頷くのみ。だが、その態度も優一ゆういちの中では想定のものだったのだろう。ことさら煽るように、再び笑い出していた。


 陰陽師の扇子を握る手が、微妙に細かく震えている。その顔は長い黒髪に隠れて見えないが、きっと怒りの色に染まっている事だろう。それと共に、剣呑な空気が酒場全体に満ちていく。その空気を感じとったのだろう。全ての人たちが、彼らのテーブルから急ぎ離れる。


「ほれ、お主がいらぬ事を言うからよ。まずは、びよ。このいさかいの種をまいたのは、間違いなくお主じゃ。必要ならば、拙僧も共に謝ろうぞ。ほれ、法経ほうけい。顔を見せぬか」

 そう言いつつ、自らは後ろに退いて、無災むさいは片手で拝んでいる。


 彼の目の前には今、怒りに我を忘れつつある陰陽師と、それに無防備な背を見せる優一ゆういちの姿があるだけだ。


「きさ……ま……ら……。言うに……、言うに事欠いて……。この僕を……、愚弄するとは!」

 自らの怒りを必死に抑えつつ、扇子を捨てた陰陽師の手が、その腰に素早く引き込まれる。

 しかし、その動きを察知した優一ゆういちが、それより早く立ち上がる。しかも、その拳を陰陽師に向けて放っていた。


 柄を持つ手に、優一ゆういちの拳がきれいに決まる。


 たまらず柄から手を離す陰陽師。だが、優一ゆういちが繰り出すであろう次の攻撃を避けるために、瞬時にそこから飛び退いていく。だが、その場所にはすでに無災むさいの姿があった。


「ほれ、もうよさぬか。お主も目的があっての事。大事の前の小事というではないか? このような場所での術を行使すれば、九頭竜くずりゅうの名を地に落とす事になるぞ?」

 無災むさいの手で、その肩を掴まれた九頭竜法経くずりゅうほうけい。そのあまりの力に、唱えようとしていた詠唱が止まる。


 悔しそうか痛みかわからないが、陰陽師の顔は歪んでいる。だが、その物騒な視線を所構わず向けていた。


 その目の前に、静かに清楓きよかが進みでる。


 その隣には、優一ゆういちが当然のように立っていた。そして正吾しょうごもまた、白菊しらぎくの前に立っている。今椅子に腰掛けているのは白菊しらぎく無二むにの二人だけ。


 ただ、白菊しらぎくの顔は清楓きよかの方を向いているが、無二むにはまた俯いたままだった。まるで今は自分には関係ないというように、彼は最初から最後まで、ただ座っているだけだった。


清楓きよか殿。御不快な点は拙僧も謝罪しよう。ですが、このままでは清楓きよか殿の目的も果たせぬままです。根の国では陰陽師の力が必要なのも御存じのはず。この者も反省しておりましょう。ここは拙僧の顔に免じて――」


「さあ、どうかしら? 根の国に行ったけど、『そこで役に立ちませんでした』って事がなければいいのだけど? そして、それはアナタも同じよ、僧兵さん。なんだか、アナタがこの人たき付けた感じがするのよね、アタシ」


 下衆なものを見るような視線を、清楓きよかは二人に向けている。その言葉に、無災むさいの目が一瞬変化して元に戻る。ただ、それはほんの一瞬の出来事だった。彼の細く伸びた目の奥に、光が一瞬灯っただけのことだった。


「だから、アタシはアナタ達を――」

「荒ぶる四神討伐で見定めるのよね? それはいい考えだと思うわよ。お互いの為にね」


 清楓きよかの言葉を奪い、話を続けた女の言葉。その声の主は、無災むさいの後ろの方から煙と共に歩いてきた。

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