青龍の洞窟1

 まだ昼間とはいえ、洞窟の中は日の光が入らない。一歩でもそこに踏み込めば、そこは別の世界となるはずだった。暗闇に狭い通路。一般的に洞窟と言えば、そう考えることだろう。


 だが、この洞窟はそうではない。一体どうやって出来たのかはわからない。まるで人の手で作り出されたかのようにも思える洞窟。しかし、ここにはその痕跡は一切見あたらない。


 ただ、七人が適当な間隔をあけても普通に歩けるほどの大きさ。遭遇する敵と戦っても十分な広さ。しかも、ほのかに光る洞窟の壁――所々ある光る岩と光る苔がその源となっている――が照明の役割を果たしている。


 そこは洞窟というよりも、戦うための通路。まぶしくもなくほのかに暗いそこは、まるで独特の雰囲気を出すように設計されているようだった。


 時折、遭遇する敵を戦いつつ、その場所にたどり着いた清楓きよか達。そこは、それまでと空気が違う場所となっていた。


 かすかに吹き込んでくる風は、そこに外の世界とつながる所があることを示している。だが、それだけではない。圧倒的な何かの気配が、その先から漂ってくる。『安易にその先に進むべきではない』と誰もがそう感じるであろう境界線。


 その場所に大岩に囲まれた場所があった。

 

 周囲に比べて薄暗い曲がり角。そこはどこか他と違う雰囲気を持っている。でも、そこを怪しむものはいない。時折洞窟を徘徊してくる――どこからわいたのかわからないが――物の怪モノノケ達がその手前まで来るものの。それ以上は進むことなく、そのまま引き返していく。


 そこにあるが、ただそれだけ。まるで、無意識にその場所を意識の外に追い出す仕組みが働いているかのように、誰もそこを注意深く見ようとしていない。


 だが、その場所が一瞬揺らぎを見せていた。まるで、そこに見えない壁があるように。


 その揺らぎは、まるで水面に投げた石が描く波紋のよう。ただ、それはほんのわずかな揺らぎでしかない。そして何事もなかったかのように、見えない壁は元の雰囲気を見せていた。



「どうだったの?」

 待ちきれない様子の少女の声は、誰もいないところに向けられていた。少女のいる場所はあの見えない壁の向こう側。そこは、岩に囲まれた小部屋のようになっている。その場所には、五人がくつろぐ姿がある。見えない壁の揺らぎは、そこにいる者達にははっきりと見えていたのだろう。だが、やはりそこには誰の姿も見えない。


「姿を見せて。早く答える」

 やや苛立ちを見せた清楓きよかの声。その声に応えるように、二人の男が姿を現していた。


 隠形おんぎょうを解いた無二むに無災むさい。大人と子供のような二人は、互いに顔を見合わせていた。その見聞きしたことを伝えるのはどちらが適任か。それを無言で確かめているかのようだった。


 だが、それは杞憂に終わる。


「アタシは無二むにに聞いてるのよ。無災むさいはそれを適当に補完して」

 清楓きよかの声に、無災むさいの顔が微妙にほほ笑む。ただ、その笑みを見た白菊しらぎくの小さな一言は、おそらく清楓きよかにしか聞こえなかっただろう。小さくたしなめる清楓きよかに、白菊しらぎくは素知らぬふりをしている。そんなやり取りをする二人をしり目に、正吾しょうごが腰掛けるように促していた。


 正吾しょうごの勧めに応じるように、無災むさいだけがその隣に腰を下ろす。


 ちょうど今、六人が楕円を描くように座っている。立っている無二むにの真正面には、ちょうど二人分が座る岩があった。そこには清楓きよか白菊しらぎくが並んで座っている。その両脇には岩があり、それぞれ少し間をあけて、正吾しょうご優一ゆういちが固めていた。優一ゆういちの隣には、やや間を開けた九頭竜法経くずりゅうほうけいが座っている。丁度全員が、二人の少女の顔が見えるように座っていた。


 一人立ったままの無二むに。それを警戒していると感じたのか、九頭竜法経くずりゅうほうけいは肩をすくめてため息をつく。


「僕の陰陽結界と隠形おんぎょうの重ね業だ。即席とはいえ、いかに青龍といえども、簡単に見つかるはずがない。見たことを正直に話すのだ、少年。もっとも、僕が水鏡で見せてあげてもよかったんだ。でも、『水を司る竜に気取けどられるわけにもいかない』という生臭坊主の意見を聞いてあげたのさ。さあ、君は忍らしく、この僕にしっかりと報告したまえ」

 あくまでも尊大な姿勢を崩すことなく、そう告げる九頭竜法経くずりゅうほうけい。だが、そんな彼の話を聞いている感じのない無二むには、全員が見える地面に線を描き始める。


 忌々しそうに見つめる九頭竜法経くずりゅうほうけい。だが、そんな視線も傷に、無二むには淡々と作業を続ける。

 大まかに書いたその地形。それが終わるとその中に、大きさの異なる石を並べ始める。一つ一つ、その石と見たことを結びつけながら。


 その話に一切の無駄は無い。見たままをそのままに告げていた。


「ただ……」

 最後に青龍の姿を説明したあと、何故か急に口ごもる無二むに。何か思うところがあるのか、その視線は青龍を現す石に注がれていた。


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