密談2

 この場にいる誰もが、言葉を失ったかのようだった。それはまるで口にする事すらはばかられるという風に、沈黙だけが部屋の中で居心地よさそうにしていた。


 だが、それも露と消えゆく。

 まるでせきを切ったかのように、優一ゆういちが感情のままにまくし立てる


「カミツキだと? 本気なのかそれ? 神人たちが姿を消しつつあるのは知っている。カミツキも徐々に減ってきているのだろう。だが、アイツらの短い活動期に俺たちと一緒に話すことなどないはずだ。しかも、通常の活動期以上にオレ達といる。そもそも、カミツキの休眠期は自分の屋敷か例の場所で過ごすだろう? 仮に、あの場所で活動期に入ったとしても、オレ達のことなど放置していくはずだ。いや……。まあ、戦闘中だったから戦闘したというのは分かる。だが、その後はオレ達を放置していくはずだ。さらに血を求めて、新たな戦いを探しに行くはずだ。カミツキとは、そういうものだろ? しかし、アイツは――」

 顔を上気させた優一ゆういちの勢い。それは、自分でも混乱しかけている事がわかっているが、どうしても言わずにはいられないという感じだった。


 なおも話し続けようとしたその時――。

 その様子を見かねた新井黒海あらいこっかいが、片手で制止をかけていた。


「言いたいことは分かるが、そろそろ静まれ優一ゆういち。御坊の話はまだ終わっておらん。して、御坊。さっきの優一ゆういちの疑問じゃが、それは儂も同感じゃ。仮にカミツキだとしても、あのように会話することが出来たものを知っておるのか? 血を――、戦いを求めぬカミツキなど、聞いたこともない。噂では、カミツキは根の国に取り込まれた神人というものすらあるのだぞ? 博士もどうなのだ? 黙ってないで、いいかげん答えてはどうかな? 私はそのような事が可能であるとは思えぬのだが?」

 新井黒海あらいこっかいの視線は、左右にいる僧侶と陰陽師の二人に向く。だが、その二人はそれを全く意に介さず、僧侶と陰陽師は互いに沈黙の視線をぶつけ合っている。


 しばらくその時間が過ぎるかと思いきや、陰陽師の顔が少し緩む。そして、開いた扇子で口元を覆い、土蜘蛛業平つちぐもなりひらは自らの見解を告げていた。


「仕方がない。では、私が先に言わせてもらいましょうか。琢石たくせき和尚の目が痛い。そうですな、和尚のいう事に基本的には賛成ですな。だが、黒海こっかい殿の申し分はもっとも。私もそのような例を見たことはおろか、聞いたこともない。ただ、不可能と断ずるには早計であろう。そして、私が水鏡で見たあの者の戦い。あれは常人離れしておるよ。それはここにいる者なら、直に見たか、報告で聞いたから知っておるはず。なにより、戦闘中のあの目つき……。いや、目の色が変わっていたのだ、あの者は……。そう、あれは戦いを好む者の目だ」

 その様子を全員がじっと見つめている。誰も何も言わない時間が過ぎていく。


 それは、まだこの陰陽師が全てを語っていないことを、この場にいる者が知っているからだろう。


「そもそも、カミツキ自体がよくわかっていないのだ。我々の知らぬ事があっても不思議ではない。となると、私は知らねばならない。よろしい。我が一門からも監視者をだそう。優一ゆういちよ、お園には話をつけておく。多少性格に難があるやもしれぬが、そなたらの救けにはなろう。四神封じに連れて行くがいい」

 扇子を閉じ、皆に自らの意見を口にした陰陽師。最後は優一ゆういちに向けて、有無を言わさぬ目で告げていた。


「ならば、こちらとしても人を出そうではないか。清春きよはるよ、黒海こっかいよ、安心せよ。ぬしらの娘のわがままに、我らも手を貸そうではないか。優一ゆういちよ、存分に使うがいい」

 僧侶が坊主頭をなでながらそう告げる。その様子を、優一ゆういちは苦虫をかみつぶしたような顔で見つめていた。


琢石たくせき和尚、業平なりひら博士、お二人の助力に感謝する。むろん、我が友である黒海こっかいにもな。だが、四神封じが完了せねば、お二人が組織した者たちも根の国に行けぬのだから、それ以上の感謝はせぬぞ」

 沈黙を破り、松島清春まつしまきよはるが僧侶と陰陽師を睨む。その視線を二人は黙ってほほ笑みながら受け止めていた。


「本当にいい加減にしてもらいたいもんだ。こんな時にまで……。今の事態が放置できない事は三人ともわかってるんだろ? もっと助け合うべきだろうが。でも、本当に今更だぜ、お二人さん。お嬢も言ってたが、この世にはもう、陰陽師も僧侶もいないんじゃないかって思ってたからな」

 呆れた顔で立ち上がった優一ゆういちは、その場にいる四人を順番に見ていく。しかし、彼の言葉には誰も反応していなかった。肩をすくめ、部屋から出ようとする優一ゆういちの背に、松島清春まつしまきよはるが声をかける。


「状況が変わったのだ。清恵きよえ清華すみかからの連絡が途絶えた。優一ゆういち、こうなった以上、清楓きよかを根の国に行かせるしかない。むろん、彼の地では戦闘もあり得る。だが、清楓きよかがそれに耐えられるかどうか……。だが、この時に、カミツキかもしれぬしのびが現れた。しかも、我らの力となる可能性を秘めている。これは天運かもしれぬ。だが、油断はするなよ。あの者の事は、荒神と化した四神を封じることで判断しよう。頼んだぞ」


 驚き、振り返った優一ゆういちの目の前には、もはや神主と薬師の険しい顔しか残されていなかった。

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