第二章 荒ぶる四神

新たな仲間1

 まだ朝の早い時間にもかかわらず、酒場は多くの人で賑わっていた。朝から酒を飲む者もいれば、ただそこで寝ている者も多くいる。交じり合う、談笑や陽気な歌声。そういった喧騒が、酒場の中で居心地よさそうにしていた。だが、そんな賑やかな場所であるにもかかわらず、カウンターから出た驚きの声は、酒場全体に響いていた。


 不意に訪れた沈黙は、『何事が起きたのか』という興味の証。だが、衆目を集めた本人は、それに気づくのが遅れていた。

 だが、違和感という波は次第に彼女を飲み込んでいく。不意にその空気を感じた少女。そっと振り返ったその先にある顔は、皆同じようなものだった。


 とっさに居直る清楓きよか。まるで何事もなかったかのように、そのまま黙り込んでいた。耳を真っ赤にした姿で、押し潰されるように。


やがて、空気が入れ替わる。


 その沈黙が、徐々に人々の興味を失わせ始める。進展しない事態は、それ以上待っても無駄であると、人々に語りかけていく。その言葉に耳を傾けた人から順に、清楓きよかから視線を外していた。


 酒場がいつもの喧騒を取り戻した頃、清楓きよかは再びお園に詰め寄る。


「なんで? どうしていきなり? この間はアタシに引き合わす人なんかいない。訳ありでもいいなら紹介するとか言ってなかったかしら? だから、あんなのが来たわけよね? でも、丁度いいからまた言わせてもらうけどね。あんなの紹介しているようじゃ、『口利きのお園』の名が泣くわ」

 隣でなだめようとする優一ゆういちを無視して、清楓きよかは今にも食いつきそうな勢いでお園を見上げる。だが、そんな様子を気にもせず、お園は煙管きせるの煙を吹かしていた。


「なんだろね、この子は……。まあ、いいさ」

 どこか遠くにつぶやくお園。だが、煙管きせる吹かす手を止めて、清楓きよかと真正面から向き合っていた。


「この間は、この間。今日は、今日。嘘かまことかは別にして、『元気な巫女さんがいい』という先方の希望に合うのがアンタしかいないってわけ。アタシは紹介するだけだよ。無い物は無い。有るものは有る。そんだけさ。理由を聞かれたって、そうとしか言えないね。気にくわないなら他に回すよ。でも、よく考えてみな。アンタの仲間は、まず巫女のアンタ、鋳物師いものし優一ゆういち薬師くすし白菊しらぎく、あとは武士ぶし正吾しょうごだったね。そして新しく仲間になったしのびだろ。物の怪もののけと戦うに当たって、『理想的な仲間の組み合わせ』っていうのは知ってるね? 言ってみな。あと何が足りない? 何故、足りない?」

 再び吹かした煙管きせるの煙を横に流し、お園は真剣な目で清楓きよかに問う。その視線をまっすぐに受け止めたまま、清楓きよかは悔しさを隠さずに話していた。


「知ってるわよ! でも、仕方がないじゃない! 『何故!』って、アタシが言いたいくらいよ!」

「おやおや、こんな事で逆上するなんてね。『何とかする』なんて威勢のいい事言ってたのは、どこのどなたかしらね? そもそも、あたいの質問の答えがまだだよ」

 清楓きよかの訴えを簡単にあしらうお園。いつものように妖艶な雰囲気を漂わせる彼女。だが、その鋭い視線に耐えきれなかったのだろう。俯きながら清楓きよかは言葉を絞り出す。


僧侶そうりょ陰陽師おんみょうじ……」

 悔しさがにじみ出る清楓きよかの声を、お園は黙って聞いている。だが、そのあとの問いは、清楓きよかには酷なものだと感じたのだろう。一瞬気の毒そうな表情を見せたお園は、次の瞬間には煙管きせるの煙を清楓きよかの頭の上に投げかけていた。


「まあ、わかってるじゃないか、優秀、優秀。じゃあ、ご褒美だよ。まず、アンタが根の国に行きたがっているのは知ってるさ。『父親の許可がないから行けない』という問題じゃない、というのも知っているよ。でもね、大人たちの事情以外の要因だってあるのさ。正直言って、アンタは実力が足りない。だから、僧院も天文院も人を出さない。わかりきった話だよ。どこも人は大事なのさ。そりゃ、アンタの姉達なら、大人の事情があっても、人は集まるだろうよ。あの子達は人望がある。いや、確かな実力があるからこその人望とも言えるね。単身で乗り込めるだけの結界と隠形おんぎょうなんて、神様の恩恵と思いたくもなるだろ? しかも、行動力と判断力もたいしたもんだ。だから、真っ先に調査にいったのさ……。って、こんな話はいいさね」


 言い過ぎたのかと思ったのだろうか? 話の途中でお園は清楓きよかの様子をうかがっていた。だが、最初から最後まで清楓きよかは黙って聞いていた。


 俯いたままの表情は、お園にも見えはしない。だからだろう、しばらく清楓きよかの様子を見ていたお園は、そのまま話を続けていた。


「いいかい、根の国は物の怪もののけの巣窟だ。隠形おんぎょうの使えないアンタが行ったら、たちどころにお陀仏だよ。アンタら神職以外で隠形おんぎょうが使えるのは、僧侶そうりょ陰陽師おんみょうじしのびだけだ。神人の持つ隠形おんぎょうの薬が手に入れば別だろうけどね。あれはめったに出回らない高価な品だ。アンタが手に入れる事なんてできないだろうよ。そんな中で、特に陰陽師おんみょうじのそれは、仲間全体を包み込む。隠形おんぎょうが使えない者が仲間にいるなら、必ず陰陽師おんみょうじが必要だよ」

「わかってるわよ! そんなこと、わかって……」

「いいや、わかってないね。大体、アンタは人のいう事を全く聞こうとしない――」

「まあ、まあ、お園。もう、その辺でいいだろ。お嬢もよくわかっていることだ。認めたくないのが、若さってものだ」

 清楓きよかの落ち込みようが気になったのだろう。優一ゆういちが二人の話に割って入る。だが、その姿をお園がきつく睨んでいた。


「認めたくないだぁ? 大体、アンタがそうやって甘やかすからいけないんだよ、優一ゆういち。現実が見えてるのに、見ないふりをするのが若さなのかい? いいかい? アンタら夫婦が甘やかすから、この子がこんな甘っちょろい子になっちまったのさ!」

「じゃ、じゃあ、オレ達向こうで待ってるから! そいつらが来たら来るように伝えてくれ」

 煙管きせるの先を優一ゆういちに向け、お園が怖い顔で睨みつける。自らの旗色の悪さを悟った優一ゆういちは、項垂うなだれている清楓きよかを押してカウンターから離れて行く。


 それを黙って見逃すお園。だが、二人が自分たちの仲間の元についたのを見届けると、誰ともなしにつぶやいていた。


「まっ、アンタはアンタで、姉達とは違う力があるんだろうけどね。まったく、不憫なだよ……。でも、ひょっとすると……」

 目を細めつつ、清楓きよかの姿を見つめるお園。


 だが、その目はいつしか、その隣でおとなしく座っている少年へと向けられていた。

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