新たな仲間2

 待つ時間は、時に長く感じることがある。特に、耳の痛い話を聞いた後の時間はそうだろう。


 普段の様子から考えると、明らかに清楓きよかは気落ちしている。正吾しょうごが励ましの言葉をかけても、白菊しらぎくが毒舌を振りかざしても、いつもの姿は見られなかった。

 

 互いに顔を見合わせる白菊しらぎく優一ゆういち

 

 これはそっとしておくべきだろう。暗黙の内に、皆がそう判断したに違いない。次第に会話の中心から、清楓きよかは外れてしまっていた。それをなすすべもなく見守る無二むに。隣り合った二人だけが、それぞれ無言の時の中にいる。


 だが、実際には、それほど長い時間ではなかった。


 酒場に入ってきた二人の男。一人は薙刀をもつ筋肉質で強面こわもてな僧侶。そして、もう一人。淡い紫の光を放つ妖刀を腰につるした、長い黒髪の容姿端麗な陰陽師。屈強な僧侶と優男の陰陽師という組み合わせは、それだけで妙な雰囲気を持っている。


 だが、そもそもその組み合わせだけで共にいるというのが不思議なのだろう。


 一瞬で酒場の空気を刺激したあと、あちらこちらでいぶかしむ声が聞こえてきた。だが、その気配を一向に気にした様子を見せない二人組。わき目もふらずに店の中を歩いていく彼らの姿は、明らかにお園の方に向かっていた。


 それで納得したのだろう。酒場の空気は、元の喧騒へといざなわれていく。


 店に入ってきてからその時まで、周りの雰囲気をいっさい気にしなかった二人組。その者達が来ることは、お園は知っていたのだろう。二人がカウンターの真ん中に来ると、端にいたお園の方から近づいていた。

 

 それは何かの確認だったのだろうか? 


 さらに一歩前に出た僧侶は、お園と短く言葉を交わしていた。その後ろで一人話し続ける陰陽師を無視して、お園は煙管きせるの先を清楓きよか達の方に向けている。


 自らの目的地を確認できたからだろう。手を合わせて丁寧に礼をした僧侶は、陰陽師に軽く声をかけて歩き出す。だが、それもほんの数歩で終わりを見せる。彼の歩みを止める者がいたために。


 彼のすぐ後ろから、お園に話しかける声が聞こえる。その声を聞いた僧侶は、肩をすくめて振り返っていた。そこには、まだ何かを話し続けようとする陰陽師がいる。


 その顔に、振り向きざまに向けた薙刀なぎなたが迫る。

 ほんの短い言葉を添えながら、切っ先を顔のすぐ近くまで突きつけていた。一瞬、驚きの目を見開く陰陽師。だが、それもすぐに元の顔に戻っていた。


 その切っ先を扇子でそらし、彼は鋭く僧侶を睨む。


 一触即発の剣呑な空気が流れようとしたその時、お園が煙管きせるの煙を二人の間に吹きつけていた。それと共に、二人に向けて何事かを話したお園。その言葉に、陰陽師は肩をすくませる。そのまま僧侶の肩を叩いて追い越し、先にそこに向けて歩きだしていた。


 再び僧侶は礼をする。だが、お園はそれすらも面倒事であるかのように、追い払うかのような仕草を見せていた。


 そして、二人はそこに向かう。壁際にあるそのテーブルには、和やかに語らう三人と沈黙の二人の姿があった。



***



 おそらく、優一ゆういちは二人が店に入った時にわかっていたのかもしれない。だが、優一ゆういちの席はお園のいるカウンターに背を向けている。だから、彼の背中から近づく二人の様子は、優一ゆういちは直接見ることはできなかった。だが、特に何も言わずに座っていても、このテーブルに近づく気配を敏感に察知する者がここにいた。


 その気配に小さく反応した少年の様子を、優一ゆういちは見逃すことはなかった。


「よう! オマエらがそうなのかい?」

 体をのけぞらせて、そう声をかける優一ゆういち。その声に、正吾しょうご白菊しらぎくが互いに顔を見合わせた後、その姿を確認する。まだ平静を取り戻してはいない清楓きよかは、その声には反応していない。何かを考えているかのように、俯いたまま自らの世界に閉じこもっている。


「ああ、君がここの代表かい? 僕は九頭竜くずりゅう。わかるよね? 僕の家は陰陽博士を何代も輩出している名家だ。喜びたまえ、君たちは運がいい。この僕と知り合える幸運を称えるのさ。ああ、初対面だから、一応『よろしく』と言っておくよ。でも、覚えておくがいいさ。九頭竜くずりゅうの者がいるだけで、そこは恩恵という場に代わるのさ。喜びたまえ。この僕がここに参加するのだから、君たちも選ばれた人間の仲間入りとなったわけだ。たとえ出自が下賤でも、どこの馬の骨と分からなくてもね。僕がいるだけでその仲間入りをするなんて、君たちは本当に運がいいよ」

 視線を優一ゆういちに向けて話しはじめた陰陽師。だが、その視線はそこに留まらない。ゆっくりと見回したその目は、明らかに少年に向けられていた。


 だが、俯いたままの少年は、何の反応も示さない。それが面白くなかったのだろう。鼻を鳴らした陰陽師。そのまま少年から視線を流し、青色の髪をもつ少女に向けられていた。


 彼からすると、ちょうど彼を見上げるしぐさに見える白菊しらぎく。それをみて、彼女に近づこうとする九頭竜くずりゅう。だが、その気配を察知した正吾しょうごが、素早く彼の行く手に立ちふさがる。


「なんだい? 君は? 僕はそこのお嬢さんに挨拶がしたいのだよ。これから苦楽を共にする仲間となるのだ。当然の事ではないかな? 見た所、彼女は薬師くすしだよね。なら、この僕が守ってあげないと。この僕に守られるなんて、幸運なことだよ。それに、君は武士なのだろう? なら、わきまえたまえ。君はその野蛮なものを振りかざして、猪のように敵の只中に切り込んで行くのが仕事だ。この僕の邪魔をする事じゃない」

 正吾しょうごの態度に不快感をあらわにした陰陽師。珍しく不快感を顔に浮かべた正吾しょうごは、ただ黙ってそこで睨み返していた。


「なんだろうね、まったく。これだから武士ってのは――」

「一つ言っておくわ!」

 薄い苦笑いを浮かべた九頭竜くずりゅうの言葉を遮って、立ち上がった清楓きよかが彼を睨む。彼女の行動に驚いた椅子は、床に倒れ込んでいく。それを隣の少年が救い、元の姿勢に戻していた。


「ここの代表はアタシ。そして、アナタを雇うかどうか決めるものこのアタシよ!」

 咳払いをして、改めて指さす。そこには、喜色満面の笑みを浮かべて迎える陰陽師がいた。


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