幕間

密談1

「どう見る? 各々方おのおのがた……」

 長らくの沈黙を破り、松島清春まつしまきよはるが地図の周りを見渡していた。先に正吾しょうごに連れられていった、無二むに清楓きよかの姿はこの場にない。

 今、松島清春まつしまきよはるの前には、ただ優一ゆういちのみが座っている。だが、松島清春まつしまきよはるは、そこに誰かがいるかのように話しかけていた。


御坊ごぼう博士はかせ。いい加減、隠形おんぎょうを解いてもよいのではないかな? それに、最初から彼には見破られておった。その場で姿を見せてもよかったのではないか? それとも、彼に姿を見られたくない理由でもおありかな?」

 新井黒海あらいこっかいが地図の両端を交互に見つめる。その言葉が終わるや否や、誰もいなかったその場所に、二人の男が姿を現していた。


「まあ、あれだけ素早く見破られては、出るに出られんて……。あの小僧、部屋に入るなり我らを見つけよった」

琢石たくせき和尚の言う通りですな。この土蜘蛛業平つちぐもなりひら隠形おんぎょうが、ああもたやすく看破されるとは……。これでは、自信を無くすというもの」


 坊主頭をなでた琢石たくせき和尚と扇子で口元を隠す土蜘蛛業平つちぐもなりひら。二人共言葉は丁寧なものの、その目は優一ゆういちを鋭く睨んでいた。


「俺は何も言ってないぞ。まあ、アイツが見破ったのは確かだよ。『熟練のしのびは気配を読む』という域を軽く超えてるぜ。この場を突き止めたお嬢の勘の鋭さも、特殊なものだが……。アイツのあれもそうなのかもしれないな。だから、オレを責めるのはお門違いだぜ? まあ、正直言ってオレも驚いたよ。このオレの意図すら読み取っていたんだからな」

 両手を上げ、降参の意志を示す優一ゆういち。それを見て睨んでいた二人も、肩をすくめて正面を向く。


「――どう見るという質問じゃったな。その前に一つ聞いておくぞ、優一ゆういち。あの娘、神宿しを使いおったな?」

 琢石たくせき和尚の右目が怪しい光を帯びていく。その目は『隠し事はためにならない』と無言で優一ゆういちに伝えていた。


「戦闘中だったオレにそれを聞くか? お仲間が見てただろうが……。そうだな、どうやら失敗したようだ。お嬢は何も降ろしていない。それはお嬢の顔を見ればよくわかる」

「ふむ。やはりな……。松島清春まつしまきよはる。お主、最後の手段としてあの娘を考えておる様じゃが、自ら呼べぬものをどうする気だ? 単なる憑代にする気か? ならば、根の国に行かすのは早計ではないか? いや、まさか躯を利用するのか?」


 その矛先を松島清春まつしまきよはるに変えた琢石たくせき和尚。だが、その視線を松島清春まつしまきよはるは涼しげに受け止める。


御坊ごぼう、あの子の事は詮索しないでもらいたい。こちらも僧院の事には口を出しておらぬ。だが、一つは答えておこう。確かに今のままでは神は降ろせぬ。だが、それは今のままであればという事だ。この先できない訳じゃない。それに、神はまだその時ではないと考えておられるのやもしれないのだ」

「詭弁よの。まあ、よいわ。いざとなれば、根の国を封じることも可能じゃろう。あの娘を人柱にすればな。この世と娘。お主も選択せねばなるまい。酷な事よの、じゃが、お主が選択せぬのであれば……」

僅かに口元をほころばせ、琢石たくせき和尚は松島清春まつしまきよはるをじっと見る。


 だが、松島清春まつしまきよはるは何も言わない。しかし、その事に琢石たくせき和尚は不満の表情を浮かべていなかった。その事は、『よくわかっている』という風に、琢石たくせき和尚は坊主頭をぴしゃりと叩く。


「まあ、今は良いわ。話を元に戻そうか。どう見るという事じゃったな。記憶がない。卓越した能力。しかも、身に着けておる代物しろものを見れば、それしか考えられまい。あれはカミツキの者じゃろうな。信じがたい事じゃが……」

 琢石たくせき和尚が、その場を見回しそう告げる。呼吸することすらできなくするように、この場の空気は流れを止める。


 ただ一人を除いては――。


 扇子で自らをあおぐ、土蜘蛛業平つちぐもなりひら。その顔は、無言で同意を示していた。


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