出会いの酒場3

 ただ、その内容が気にくわなかったに違いない。立ち上がった清楓きよかが指を青髪の少女に向けて憤る。


白菊しらぎくがそれを言うの? それに、白菊しらぎくだって散々文句言ってたじゃない。頼りにならないとか。偉そうだとか」

「はい。言いました。身近に立派な武士がいると、ついつい比較してみてしまいます。だから、文句は仕方がないでしょう。ですが、私は彼らに文句があるだけです。清楓きよかのように周りにその気持ちをぶつけてはいません」

 攻撃的な視線を放つ清楓きよか。それを白菊しらぎくと呼ばれた薬師くすしの少女は表情を変えずに受け止める。


 両脇にいる少女が火花を散らしているにもかかわらず、優一ゆういちは悠然と酒を飲んでいる。その姿は、『好きにさせておけ』と言わんばかり。だが、その正面にいる正吾しょうごと呼ばれた武士は、そのままにしておくことはできないようだった。


 その場を何とか抑えようとするも、正吾しょうごはどうにも言葉が見つからないようだった。仕方なく、二人の顔を交互に見つづけている。だが、それも長くは続かなかった。


 進展しない空気に、ついに正吾しょうごをあげていた。盛大なため息は、彼の心情を物語る。だが、それすらも二人の耳には届いていない。


「まあ、それくらいにしなされ、二人共。とりあえず、拙者の謝罪を受け入れてくだされ」

「そんな事、もういいって言ってるでしょ!」

「そうです、正吾しょうご兄様。そんな事はどうでもよいのです」


 なおも言い争う二人から、同時に自らの謝罪を『どうでもいい』と言われた正吾しょうご。あいた口がふさがらない様子に、ほぼ正面に座っている優一ゆういちが、自らのさかずきをあげて片目をつぶる。


 その顔に、『あきらめろ』という文字を読んだのだろう。正吾しょうごも自らのさかずきに酒を注ぐと、それを目の前にあげていた。視線の先では、優一ゆういちが同じ姿で待っている。薄く笑った二人の男は、そのまま自らの酒を飲みほしていた。


「それはそうと、お嬢。そいつ、本当に連れて行くのか?」

 突然、酒を飲む手を止めた優一ゆういち。その声に、二人の少女の言い争いは急に終わりを告げていた。そのまま黙って見つめる白菊しらぎく。そして、酒を飲む正吾しょうごの手も止まり、三人の視線は自然と清楓きよかに集まっている。


 自分を見つめる三人の顔を見回した清楓きよか。その視線は、自然と左下に向いていた。


 そこにいる人物。漆黒の忍び装束に身を包んだ少年。


 あれだけの魔狼まろうをただ一人で葬ったにもかかわらず、頼りなさげに、言われるままにここにいる少年。この酒場に入ってからも、目の前の料理に手を付けた様子もない。


 話題の渦中に置かれ、こうして清楓きよかが見つめていても、少年はただ黙って俯いている。


 自分からは何も言わず、何もしようとしない。ただ、聞かれたことに返答するだけで、まるで置物のようにじっとしている。そんな少年の姿をしばらく見つめた後、清楓きよかは改めて三人を見た。


 そこには順に『その返事はいかに?』と、『その答えはわかっている』と、『一応聞いてみただけだ』という顔が座っていた。


「連れて行くも何も、無二むにはもう私たちの仲間じゃない」


 堂々と見渡すその顔は、驚く武士の顔と『思った通り』だと言わんばかりの二つの笑みで迎えられる。


 そして、彼女の脇で、彼女を見上げる紺碧の瞳。


 その奥には、とても誇らしげな表情をした清楓きよかの姿が映っていた。

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