疑いの中で1

 唖然とした空気がその場を包む。だが、居ずまいを正した正吾しょうごが、清楓きよかに話しはじめた。その空気を取り払うかのように。


清楓きよか殿、本気ですか? 話は先ほど、白菊しらぎく殿より聞きました。少年からも事情はきいております。ですが、あえて言わせてください。その少年。名前も出自も明らかではない様子。そのままにしておかず、名を与え、この街まで連れてこられたのは立派だと思います。ですが、その少年は明らかにしのびの者。しかも、相当に腕の立つ者です。ならば、あの場所に何もなくいるはずもない。何か目的があることは必定。記憶にしても、真偽を確かめるすべはありますまい。清楓きよか殿、この地の状況はよくご存じのはず。根の国の侵攻は、すでに地上にも影響が出ております。あの魔狼まろうも、その影響の一つでしょう。清楓きよか殿のお気持ちは知っています。そのために、此度のような無茶をしているのでしょう? ですが……。何故、清楓きよか殿にだけ、そのような使命を与えたかわかりますか? 父君である清春きよはる様や母君である春菜はるな様は、清楓きよか殿が心配だからです。容易に根の国に向かわせないのは、そのためでしょう。そんな清楓きよか殿に、信頼のおけない者の同行をお許しになるはずがありません。お聞きください、清楓きよか殿。あなたは朋読神社の娘です。二人の姉君たちが、根の国に赴いている今、清楓きよか殿に『万が一』があってはならぬのです」

 静かに、力強く、正吾しょうごは自らの言葉をまっすぐ清楓きよかに届けていた。その一つ一つの言葉を、目を瞑った清楓きよかは、腕組みをしながらもただ黙って聞いていた。

 そんな様子を、白菊しらぎく優一ゆういちも目を大きく見開いてみている。


正吾しょうご、言いたいことはそれだけかしら?」

「まだ色々ありますが、それは今回の事だけではありませぬ。故に、今は申しませぬ」

 互いの視線を戦わせるように、二人は静かに見つめあう。


 だが、それもほんの一時の事だった。再び目を瞑った清楓きよかは、そのまま小さく息を吐く。


「そう、ありがと。そうね。まあ、よく我慢したわ、アタシ」

「ほんとうです。びっくりしました。清楓きよかが最後まで話を聞いただけでなく、まだ話があるかどうか確認したことも驚きです」

「そうだな。いつものお嬢なら、『清楓きよか殿、本気ですか?』と言われて、『本気よ! どのくらい本気か見せてあげるわ!』って飛び出していただろう。いやいや、お嬢も成長したもんだ。出発前の清春きよはる様の説教が効いたとみえる」

 無表情で驚いていると告げる白菊しらぎくと、目頭を押さえて顔を伏せる優一ゆういち

 その二人の態度が気にくわなかったのだろう。清楓きよかがテーブルに手を叩きつけていた。


「うるさいわね!」

 喧騒が絶えない酒場の中に放ったその一言。それは意外なほど酒場中に響き渡り、一時ひとときの静寂を呼び込むに十分な勢いを持っていた。

 

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