出会いの酒場2

「信じられないわよ! せっかく運んであげたのに! 死んだから仲介料は五倍だなんて! お園さん、絶対いい死に方しないわ!」

 黒装束の少年が座っている隣の椅子に、巫女姿の少女は勢いよく座り込む。カウンターでの会話を憤りつつ、簡潔にその場にいる人たちにその内容を告げていた。


「まあ、お嬢。それが世間ってもんだ。持ちつ持たれつ。あいつら、家族がいたらしいじゃねぇか。そんなこと一言も言ってなかったけどな」

 さらにその隣に腰掛けた筋肉質の大男。長い金髪を後ろに流して席につくと、ため息交じりにそう告げていた。そうしながらもその手は目の前の酒へと向かう。その様子を見ながら、巫女姿の少女は憮然とした顔でテーブルに頬杖をつく。普通の大人が見れば、行儀が悪いと一喝されそうなその行為。だが、そんな様子を大男の方は気にもしていない。一度注いだ酒を天に向け、そのまま一気に飲みほしていた。


優一ゆういち? 何が言いたいのかしら?」

「ん? 別に?」

「まあ、いいわ。それより、それって、弔い酒のつもり?」

 その顔と酒を交互に見て、少女は物憂ものうげにそう尋ねる。その様子をちらりと見た大男は、ニヤリと笑いながら答えていた。


「ん? まだまだ、お嬢には酒は早いぜ。まあ、年上に敬意を払えるようになったら、飲ませてやるよ。もちろん、その時は清楓きよかお嬢様のおごりだぜ」

 優一ゆういちの態度を睨み返す清楓きよかと呼ばれた巫女風の少女。だが、大男は意にも介さず、自らのさかずきを重ねていく。それが気に入らなかったのだろう。清楓きよか優一ゆういちの酒を奪おうと試みる。


 だが、その手は軽くあしらわれる。悔しさを全身で表す清楓きよか。なおも挑みかかろうとした時、真正面に座っていた武士が頭を下げていた。


「申し訳ござらぬ、清楓きよか殿。そして、優一ゆういち殿。拙者が同行できればよかったのでござるが……」

 立派な武士が、巫女の少女と大男に対して勢いよく頭を下げる。一本にまとめた長い黒髪が、それにつられて軽く踊る。それはとても清々しい態度。それを見た清楓きよかの顔から、憤慨極まりないといった表情が消えていた。


「べっ、べつに、正吾しょうごを責めてるわけじゃないのよ。アタシの武神降臨ぶしんこうりんがうまく――。いえ、何でもないわ。大体、お園さんが無茶言うから――」

「そうです。正吾しょうご兄様。先ほどから謝罪が多すぎます。清楓きよかはただ文句が言いたいだけです。依頼は達成できたのですから、清楓きよかにとっては十分なはずです。でも、あれだけの大口をたたいておきながら、あっけなくやられた彼らに文句が言えないのが腹立たしいのでしょう。せめて私が蘇生を使えるようになってから死んでくれたらよかったですのに。もし彼らが生きていれば、うまく術を発動できなかった清楓きよかの怒りは彼らに向きます」

 清楓きよかの声を遮って、その声は正吾しょうごと呼ばれた武士の横から静かにまくし立てていた。そこには行商人のような姿の少女が座っている。しかも、その席の脇には、その小さな体には似つかわしくない程の大きな荷物が置かれていた。

 ただ、それを見るものが見たらわかるだろう。それは行商人の背負うものではなく、薬師くすしと呼ばれる人々が持つ物だと。


 表情を変えずに、淡々とそう告げた青髪の少女。彼女はその見た目に似合わず、一人前の薬師くすしという職に就いている。


「でも、今はその相手がいないから、どこに持っていけばいいか分からないだけです。正吾しょうご兄様が頭を下げる理由はありません。騒がしいかもしれませんが、もうしばらく我慢です」 

 ちらりとその髪と同じ瞳を清楓きよかに向けた後、美味しそうにお茶をすすっていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る