出会いの酒場1

 賑わいを見せる酒場の奥。そのもっとも奥にあるカウンターで、特に大きな声が上がっていた。今、その場所には三人しかいない。その三人で何か会話をしたのだろう。だが、その大きな声は一つしか上がっていなかった。酒場のいたるところで、大声は時折起きる。だから、その声も酒場の喧騒にかき消されたに違いない。


 だがそれは、この酒場には一番不似合いな少女が発したものだった。


 巫女装束に身を包んだ銀髪の少女が、妖艶な感じの女に息巻いている。今にもカウンターを飛び越しそうな勢いに、隣にいる金髪の大男が肩をすくめる。しかも、少女が剣呑な雰囲気を発しているにもかかわらず、妖艶な女は全く相手にしていない。それどころか、長い煙管きせるを口に当て、小さな煙を少女に向けていた。


 煙を吸い込み、たまらずむせる銀髪少女。たちまちさっきまでの威勢がそがれる。


 ただ、そこが引き際だと感じたのだろう。大男が急に立ち上がり、急いでカウンターから離れていく。長い金色の髪をなびかせたそれは、およそその大きな体に似合わない優雅さを持っている。だが、その行動はあまり優雅とは言えないものだった。


 力強くたくましい手が、少女のか細い腕を掴み、カウンターから引き離す。


 たまらずよろける少女。だが、少女はなおも食い下がろうと暴れていた。大男はかまわず少女を引きずる。その力の差は歴然としているはずが、少女はそれほどカウンターから離れてはいなかった。


 それは、大男が本気で引きはがしてはいないからだろう。


 だが、そんなことは気にもせず、妖艶な女は明後日の方を向いて煙管きせるを吹かす。そんな彼女を見ながら、徐々に抵抗しなくなる少女。それと共に、カウンターには限定的な静寂が腰を下ろしていた。


 やがて、銀髪少女はそこに戻る。自ら大男の手を振り払い、妖艶な女に背を向ける。そして、そのまま振り返らず、しっかりと自らの足で歩いていた。その態度に、金髪の大男は肩をすくめて従っていく。


 ただ、そこに何か違和感を覚えたのだろう。その様子をぼんやりと見つめていた女の目が変わる。


 少女の仲間が待つテーブル。何かを観察するかのように、妖艶な女はそのテーブルにいる面々を順に見つめていく。


 しかし、そんな女の視線は、すぐその人物を捉えていた。女が見知った二人と話す、どこかぎこちなく振舞う黒装束の少年。それは女が見たことがない姿だったのかもしれない。さっきまでの物憂げな表情は無くなり、女は食い入るように見つめていた。


 その時、少年の顔が女の方に向けられる。それはただ、戻ってきた二人を迎えるためのものだろう。少年のあおい瞳は女には向けられていない。だが、少女の歩くその位置は、少年と女を結ぶほぼ一直線上の中間点。


 だから、妖艶な女は比較的正面から少年の顔を見ることとなる。


 その瞬間、思わず煙管きせるを落としそうになる女。だが、かろうじてそれをこらえて、もう一度その姿を観察している。長い煙管きせるを脇に置いて。


 すでに、少年は女の方を向いていない。ただ、女はその姿と顔をいつまでも重ねているようだった。


 だが、それもやがて終わる。


 それは、自らを落ち着かせるためなのだろう。妖艶な女は再び煙管きせるを手に取ると、その煙をゆっくりと吐き出していた。もうその目は少年に向いていない。酒場の天井を見ながら、女は再び煙管きせるの煙をゆっくりと吐き出していた。


「まさか……、よね……」

 それは何度か煙を吐き出した後に、女がこぼした呟き。小さく漏れた言葉を聞くものは誰もいない。そして妖艶な女は、静かに店の奥へと消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る