どこか遠くの戦い4

 今まで戦闘にほとんど参加していなかったその声の主は、闇の中から自らの姿を見せつけるかのように進み出てきた。


 姿を見せた、巨大な蛇。


 いや、正確には蛇の胴体に女の上半身を持つ怪物。しかも、青い艶めかしい肢体を隠そうともせずに、ずるずると闇の中からその身を全てあらわにする。


 その不気味に響く詠唱を続けながら。


「ダメです! もう完成します!」

「くそ! あと一歩だったってのに!」

 陰陽師と巨漢の男が同時に声をあげていた。その悲鳴にも似た声は、蛇の怪物に愉悦の笑みを浮ばせている。


 だが、その声の意味する現実を見据えた神主が、周囲に素早く目を配る。


「皆さん! 隊列を戻してください! 死体は、我々の中央にあります!」

 必死に叫ぶ神主の声。それを聞いた全員が、呆けた意識を元に戻す。


 だが、一行はすでに散らばっている。そして、その言葉が示す意味。それは、鬼たちの死体がある場所を指し示す。


 鬼の躯は、それぞれの間に横たわっている。


「ダメです! 間に合いません! こうなったダメもとで一太刀を! 元々全体術で、体力は削っているんだ!」

「クソ! これが狙いだったのか! 意地汚いぜ!」


 まさに、若武者と筋肉質な男が切り込むべく飛び込もうとしたまさにその瞬間。


 蛇女の妖艶な瞳が若武者と筋肉質な男の自由を奪っていた。それはまるで、蛇に睨まれた蛙のよう。ただそれだけで、若武者と筋肉質な男の体は硬直し動けなくなる。


 冷ややかな笑みを浮かべた蛇女。


 まさに詠唱の最後を紡ぎだそうとした刹那。全ての時が止まっていた。


「奥義、一撃必殺」


 その男の声と共に、闇の中に生まれた一筋の光。その青白い光は、蛇女の首を巻き込みながら闇を走る。


 一瞬にして途切れた蛇女の詠唱。それに呼応するかのように、立ち上がろうとしていた死体は、糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちていた。


 ――その時、誰かが息を吐き出す。


 まるでそれが合図であったかのように、蛇女の首が地面に転がる。


 やや遅れて倒れる蛇女の体。

 それを目の当たりにして、重傷ながら生き残っていた天狗が、一目散に逃げ出していた。


 湧き起る歓喜の声。そして、戦闘終了を告げる音が、どこからともなく鳴り響いていた。

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