どこか遠くの戦い3

 術が発動する少し前。

 そこには静寂の時間が生まれていた。


 まるで切りだされたかのような空白の時間は、戦いの中で生まれたほんのわずかな時の欠片かけらなのかもしれない。


 だが、その瞬間に、それぞれが懸命な行動を見せていた。


 巨漢の男が巨大なハンマーを振り上げて、今まさに術を発動しようとする天狗の所に走っていた。

 若武者の槍が、術を止められて再び詠唱しようとしていた天狗に向けて突き出された。

 詠唱している軽装の男と虚無僧こむそうの前で、神主が堂々と祝詞を唱えていた。

 そして、その二人の目の前にいる陰陽師は、すでに次に放つ術の準備に入っている。


 天狗の術は、そんな六人がいるちょうど真ん中から湧き起っていた。


 はじめは一つの輝く点でなかったものが、次の瞬間には一本の火柱となる。そして、それが天高く駆け昇っていた。


 誰もいない場所の出来事なので、炎にまかれる心配はない。


 だが次の瞬間、事態は急変する。

 まるで膨張するかのように、火柱が巨大な炎の柱に変化した。


 それはまさに一瞬の出来事。だが、その膨大な熱は六人の体に深刻な痛手を負わせている。


 倒れるように片膝をつく陰陽師。だが、苦痛を自らの気迫で押し込めるかのように、ゆっくりと再び立ち上がっていた。妖刀をもたない左の拳は、しっかりと握りしめられている。流れ落ちる汗も、自らの術を中断しないための気合の表れなのだろう。


 ただ、それは彼女だけではない。その他の者も、自分のなすべきことを懸命に継続する顔を見せていた。


 その時、軽装の男と虚無僧こむそうの術が完成した。


「全体回復です!」

「全体回復よ!」


 それはまさに奇跡の瞬間と呼べるだろう。かなりひどかった火傷が、ほんの一瞬で治っていく。その恩恵を受けた者たちから、自然に言葉が飛んできた。


「助かったぜ!」

「ええ、全く」


 しかも、巨漢の男がハンマーを天狗の頭に叩き込んだのと、若武者が槍をもう一体の天狗の喉に突き出したのは同時だった。


「よし! あとは――」

 絶命した天狗と重傷の天狗。それを見届けた神主が、視線を闇に向けていた。


 ――と、その時。


 地の底から湧き出すような不気味な声が、全員の耳に届いていた。


「ぜ、全体蘇生に完全回復!?」

 虚無僧こむそうが、その声が生み出す最悪の未来を予言する。その言葉の持つ意味を理解した全員が、思わずつばを飲み込んでいる。


 ひょっとするとその声の主は、その言葉を待っていたのかもしれない。


 その場にいる全員をあざ笑うかのように、不気味な詠唱が続いていた。

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