ライフロスタイム
夏祈
ライフロスタイム
「はっぴばーすでーとぅーみー、はっぴばーすでーとぅーみー。はっぴばーすでーでぃあわたし」
家族みんなが集まっているリビングに、私の歌が響く。暗い部屋。蝋燭の炎だけが明るく揺らめいて、きらきら、きらきら。笑う母の、父の、姉の顔に、くっきりと陰影を作りながら、その明かりを灯す。
「はっぴばーすでーとぅーみー」
歌い切り、ふうっ、と蝋燭に息を吹きかけた。その炎は揺らぐことも、消えることも、無い。精巧に作ったオブジェのように、それは一切変わらない。一人きりの拍手がこだまして、虚しくて、仕方ない。ぺたりとテーブルに突っ伏して、自分でも驚くような細い声で彼等に言う。
「ねぇ私、心だけは二十歳になったんだよ」
返る言葉は無い。目の前のケーキに刺さる蝋燭は、十七本。一緒にテーブルを囲む三人の表情は、未だ笑顔のまま。その笑顔のまま、三年間。
三年前、時は息を止めた。私だけを残して。十七歳の誕生日、母の作った夕飯を食べ、蝋燭を立てたケーキを前に歌を歌われ、終わると一緒に蝋燭を吹き消そうとした瞬間。一切の音が、周りから消えたのだ。それを不審に思い、息を吹きかけようと少し屈めた姿勢を戻し、視線を上げれば、世界は一変していた。私を見ながら微笑んだ表情のまま凍り付いた家族。揺らいだまま止まった蝋燭の炎。時計の秒針は一歩たりとも歩みを進めることは無く、誰に触れようとも置物のように動かない。無音の世界の中、私の左腕から微かに聞こえる音は、誕生日プレゼントとして貰った腕時計が、時を確かに刻む音だった。泣きそうな気持ちの中、それだけが私に寄り添い、共に生きてくれた。気が狂いそうになりながら一日一日を数え、積み重ねた一人きりの時間、三年間。一体いつになれば、この時間の牢獄は壊れるのだろうか。
明日になれば元通り、なんて希望は、とうの昔に捨ててしまった。今じゃもう、こんな世界で死ぬことが出来るのかということばかり考えている。私の身体も、時間と同じように機能を止めてしまったようで、呼吸も必要なければ血も回っていない。まるで幽体離脱でもした魂だけの存在のように、私という存在を、私という意識でしか証明が出来ない。不安定だ。不安定なまま、三年なんて長すぎる時を生きてきた。人の年齢は、果たして何を基準に加算するものなのだろう。肉体が生きた年月か、精神が生きた年月か、存在が生きた年月か。
「ねぇ私、いま何歳の誕生日を祝われてるんだろう」
その問いに、答えてくれる人などどこにもいない。ケーキにたっぷり塗られた生クリームを指で少し掬い、舌先で舐める。甘くて、空っぽだ。秒針は進み、進み、あの日と同じ時を刻む。うたた寝をするように目を閉じた時、久方ぶりの音を聞いた。
それは、世界の時が戻った音。
久しぶりに、名前が呼ばれる。突然机に突っ伏した私を不思議に思ったのだろう。顔を上げてみれば、あの何度も見た、凍り付いた笑顔じゃない、焦った表情。それだけで、生きているのだと、時は動いたのだと、実感できた。無意識に零れた涙に驚く母が、父が、姉が、酷く愛おしい。今度こそと、私は三年越しに、十七歳の蝋燭を吹き消すのだ。
ライフロスタイム 夏祈 @ntk10mh86
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