カ・エ・ダ・マ…………………………

円間

3回回ってワンと言う話

「影山先生、好きです! 私と付き合って下さい!」

 放課後、影山翔は生徒の古田こよみに体育館裏に呼び出され、告白を受けていた。

「気持ちは嬉しいけど、俺にとって古田は可愛い生徒以上にはなりえないよ。それに生徒と先生とのあぶない恋の関係は古田にはまだ早いんじゃないか? さらに言うと俺は危険な男さ、惚れたら火傷するぜ。加えて、君は、今は受験勉強に励めよ」

 影山がそう言うと、古田は、先生の意地悪っ! と台詞を残して泣きながら去って行った。

「やれやれ」

 影山はため息を吐き出す。

 この高校の国語教師となってから始まったモテ期に影山は参っていた。

 こうして告白されても影山にときめきはない。

 女子高生は影山の趣味ではないからだ。

「まあ、全くモテないよりはいいかなぁ。あ、そろそろ委員会の時間か」

 影山は、またため息をもらし、自身が顧問を勤める委員会の会議へ出るためにその場を去った。




 影山は代理人委員会室の扉の前にいた。

 委員会室から中にいる委員達の声と、古田こよみの声がする。

「やっぱり告白はうまくいかなかったわ。ごめんなさい」

「あーっ、学校一の美少女、音無さんに代わりに告白して貰えばもしかしたら付き合ってもらえるかもと思ったのに残念だわ。でも、仕方ないよね。音無さん、代理人ご苦労様」

「うん、依頼は終了ね。古田さん」

「うん、ありがとう。じゃあね!」

 古田が委員会室から出てくる。

 委員会室から出てきた古田と扉の前にいた影山との目が合う。

「いやだ、先生、今の話、聞いていたんですか?」

 古田はそう言うと、赤い顔を隠すように俯いて立ち去った。

「ふふっ、可愛いですね」と影山の隣にいる神崎エリが言う。

 神崎は今日、学校に赴任してきた養護教諭だ。

 影山は苦笑いでまあね、と答えると扉に手をかけ、扉を開こうとしたが、中から聞こえてきた声に反応して、やめた。

「それで、委員長、一週間後の影山先生の代理人委員会顧問就任三週年記念サプライズパーティの件についてなんですが」

「ええ、その件については会議が終わった後で話し合いましょう。そろそろ先生がみえますからね」

「はい、委員長」

 影山は苦笑いした。

 バッドタイミングだ。

 影山のサプライズパーティーの計画を影山本人が聞いてしまうと言うベターなパターン。

「三周年か、もうそんなに」

「ふふふっ、生徒達、影山先生のためにサプライズパーティーなんて、可愛いですね」と神崎。

 影山は、ははっ、と笑う。

 影山が外にいるとは知らない委員達の話はまだ続いていた。

「委員長、そういえば、影山先生のあの噂ですが」

「ただの噂ですわ。真に受ける方が馬鹿よ」

 なんの噂かと気になった影山だが、これ以上の盗み聞きも悪いと思い、扉を開けて神崎とともに委員会室へ入った。

 影山、そして神崎に委員達の注目が集まる。

 影山は、席についている委員達の前に立つ。

「全員いるな。さっそくだけど、会議を始めようか」

「はい、先生」

「よし。えー、まずね、俺から皆んなにお知らせがあります。皆んながさっきから気にしている神崎先生のことだけど」

 委員全員が神崎を見る。

「朝の全校集会で神崎先生のことは皆んな知っているよな?」

 影山の問いに「本日いらした養護教諭の神崎エリ先生ですわよね」と、委員長の蒲郡がまごおり華枝薇かえらが答える。

「その通りだ、蒲郡。この神崎先生がうちの委員の体験顧問として一週間勤めることになったから」

「えっ?」

 戸惑い顔の委員達。

 影山は話を続ける。

「神崎先生は、一週間の顧問体験ののち、正式に我が代理人委員会の顧問となる。皆んな、一週間、神崎先生に協力するように頼むよ。この体験期間がうまくいかなかったら神崎先生は委員の顧問にはなれないからな」

「精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」

 神崎が頭を下げる。

 委員達はそんな神崎を黙って眺めている。

「さて、次の話だが、今回受けた古田こよみの依頼についてだ。古田の代理人、音無、依頼の現在の状況を報告してくれ」

 自分でも、さっき立ち聞きして知っているくせにと思いながら影山は言う。

 古田の代理人、音無なでしこは立ち上がり、依頼の報告を始めた。

「……ですから、今回の依頼は、初めから告白がうまくいく可能性は無いことを前提に引き受けましたので。先生に振られることは織り込み済みでした。古田さんは本心は影山先生と付き合いたかったと思いますが、それは無理だということも古田さんは分かっていたんです。古田さんには、この告白はうまくいかないということを納得してもらうという形で依頼を終わらせました」

 音無の話に神崎が、ちょっといいかしら、と口を挟む。

 どうぞと影山が言うと、神崎は立ち上がる。

 委員達が不審そうな顔で神崎を見る。

「告白を委員会の委員が代わりに引き受けるなんて、正直言ってくだらないと思うのだけど」

 神崎の台詞に場が凍りつく。

「それが私達の、代理人委員の仕事です。依頼人の代理人を務めることがこの委員会の仕事です。そんなことも分からずに顧問をやろうだなんて、神崎先生っていい加減なんですね」

 音無が神崎に冷ややかな視線を向けて言った。

「ちゃんと分かってますよ。この学校の生徒の代理人を務める委員会、代理人委員会。依頼をすれば代理人委員が依頼した生徒の代理人として活動してくれるんでしょ。便利でいいシステムじゃないの。私が言っているのは、今回の依頼のことよ。委員会の仕事として引き受けるにはくだらない仕事だったんじゃないの? って事を言っているのよ。古田さんだって自分で告白できないなら彼女の友達にでも頼んだらいいし、振られるのは分かっていたんでしょ。予算だって限られているんだし、何でも構わず依頼を引き受けるのはどうなのかしら?」

「何でも構わず引き受けている訳ではないですわ。神崎先生」

 委員長の蒲郡が素早く言う。

「委員長の蒲郡さんだったわね。委員長のあなたがそう言うのならそうなのかも知れないけど」

 神崎が微笑を浮かべて言うと、蒲郡は「新任のあなたが、わたくしが委員長だからという理由でなっとくしたなら、それこそ音無の言う通り、いい加減なんですわね、神崎先生」そう言った。

 空気が重い。


 会議が終了して、委員会室を去る影山と神崎。

 去り際に、影山の耳に、影山先生のあの噂は本当だったのか……と言う委員の声が入るが、そんな事はこの時は影山にはどうでもよかった。

 そう、おそらく、この日からだ。

 神崎への代理人委員達からの嫌がらせが始まったのは。




 神崎が気に入らない様子の代理人委員達による神崎への嫌がらせ行為は実に下らない物だった。

 神崎への無視から始まり、神崎のコーヒーに砂糖の代わりに塩を入れる。神崎の髪にガムを付ける。神崎の名前をわざと間違えて言う。神崎の言う事にいちいち反対する。

 そんな嫌がらせに神崎自身はびくともしなかった。


「ふふふふふっ、あんな嫌がらせをしてくるなんて、あの子達、可愛いですね」

 保健室で影山とお茶をすすりながら、神崎はのんびりとした口調で言った。

「そうですか? 初日の神崎先生の態度があんまりだったこともありますが、あいつらの仕返しも、たいがい目に余ると思いますよ。そろそろ叱ってやった方が良いんじゃないかなぁ、先生?」

「あら、どれも可愛いいたずらじゃありませんか。面白いわ。もう少しやらせておきたいですわ」

「ははっ、面白いなぁ、神崎先生は。そういうの、ほどほどにして下さいよ」

 影山は満足そうな顔でお茶を飲み干した。




 神崎の代理人委員会顧問体験終了三日前。 

 委員達の神崎への嫌がらせは相変わらず続いている。


 委員会の会議中、影山が今回の代理人依頼の監修を神崎に任せる事に決めたと委員達に話す。

 生徒達からどよめきが起こった。

 委員達は明らかに嫌な顔をしている、だが影山は気にしなかった。

「皆んな、神崎先生と協力してこの依頼を成功させるように。依頼が成功すれば神崎先生は三日後に顧問体験を終了ののち、晴れて代理人委員会の仲間入りだ」

「大事な依頼ですから、皆、協力をお願いします」

 神崎がそう言うと委員全員からブーイングが起こる。

 神崎はそんな委員達を見て不気味に笑った。

「やれやれ」

 影山は肩をすくめて、ため息を吐き出した。


 


 今回の依頼について、委員達は神崎と全く協力をしなかった。


 神崎への嫌がらせがエスカレートする。


 神崎の存在をないものとし、神崎のコーヒーに塩も入れず、神崎の髪にガムも付けず、委員皆んなで神崎の存在を全否定した。




 神崎が代理人委員へやって来てから一週間後の放課後。

 代理人委員会室に神崎と委員達が集まっていた。

 言い争う神崎と委員達の声が廊下まで響いていた。

「あなたたち、いい加減にしなさい。私が気に入らないのは分かるけど、協力してくれなきゃ困るのよ!」

「神崎先生、そんなにわたくし達にいうことを聞いて欲しい?」

「蒲郡さん、そうね、お願いしたいわね」

「くくっ、なら、三回回ってワンと言いなさいよ。そうしたら、わたくし達、なんでも先生の言う通りにするわ」

「あら、そんなことでいいの?」

「お前達、いい加減にしないか!」

 委員会室の扉の前で事の成り行きを聞いていた影山が扉を思い切り開ける。

「か、影山先生!」

 委員達が目を見開いて影山を見る。


『影山先生、代理人委員会顧問三周年おめでとうございます!』


 影山の目の前のホワイトボードにそう書いてある。

「え、どういう状況? あの、神崎先生?」

「影山先生、盗み聞きですか? これ、ほら、例のサプライズパーティーの準備ですよ。いやね、実はこの子達、影山先生に代わって私が委員会の顧問になるって勘違いしてたみたいで。影山先生が顧問を辞めるって噂があったそうでね、それを止めようとずっと私に嫌がらせを……私が就任するのはただの副顧問だって説明したら一度は納得してくれたけど、結局、私のこと、本当に嫌いになってしまったみたいで、私が副顧問になるのが嫌だって。けれど、今すべて解決するわ」

 

 神崎は三回回ってワンと言った。






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カ・エ・ダ・マ………………………… 円間 @tomoko4649

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