ふたり。

九条隼

ふたり。

 僕は異常者だ。

 そんな自覚がある。


 前世を信じている。

 人は死んでしまえば記憶をなくして生まれ変わるものだと確信している。

 僕はまた、あいつに恋をするのだと信じている。







 僕にとっての、一度目の人生。

 家族友人すべてを奪われ復讐の念に囚われた、短い一生。

 復讐の念のみしか残らなかった空っぽな僕に手を差し伸べたのが、あいつだった。

 あいつは冷酷でとんでもないゲス野郎だった。

 愛を受け入れない哀れな人だった。

 そのくせ僕にいろんなものを与えた。

 それは愛ではないのかと聞けるほど当時の僕は大人でもなくて、あいつを突っぱね続けた。

 いつかお前も私のことなど忘れるだろうなと言って笑って見せる瞳は、枯渇していた。

 あいつはある日突然姿を消して、僕はその数年後、死んだ。



 僕にとっての、二度目の人生。

 いつの間にやらナイフを握って人を殺め続けていた。

 その時はまだその妄想が前世だなんて気付かなくて、ただただ時間を浪費していた。

 そんな時に僕を止めたのが、あいつだった。

 あいつは相変わらずのゲス野郎だったが、傍らには何人もの友人がいて、彼らはあいつを慕っているらしかった。

 それを好きにさせながらも、一定以上は近寄らせないあいつの頑なさが、より一層彼らを執着させていた。

 あいつは僕を見て鼻で笑った。

 いけ好かないやつで何度もナイフを向けたが、とても殺せるような相手ではなかった。

 いずれ殺してやるなんて息巻いた。

 いつの間にか虚無感はなくなっていた。

 あいつはある日突然姿を消して、僕はその数年後、死んだ。




 僕にとっての、三度目の人生。

 僕は男であいつは女だった。

 気まぐれに歩いているところで、あいつは僕に声をかけた。

 まさかと思った。

 三度目の邂逅に、泣きたくなった。

 あいつは何も言わなかった。

 僕も、何も言えなかった。

 何となく、そう、何となく。

 あいつは亡くした兄のために奔走していた。

 その隣に知らない男がいて、それが無性に気に食わなかった。

 目にも入れたくなくて、そのまま別れた。

 暫くして、また会いたくなって同じ道を通った。

 何度も何度も通った。

 気が狂うほど焦がれても、あいつは一向に現れなかった。



 僕にとっての、四度目の人生。

 僕は男で、あいつも男だった。

 神隠しのようなものをされてホラーゲームのような世界であいつと出会った。

 あいつは僕よりずっと幼いのに、僕よりずっと大人びていた。

 僕は同じような境遇の友人たちといて、あいつもまた同じような境遇の友人たちといた。

 誰かが残らなければいけないと聞いて、僕は迷わず一人で残ることを決めた。

 またあいつを失うのだけは嫌だった。

 あいつはぼんやりとうつろな瞳で僕を見据えて、ひとつ、約束をした。

 長い時を一人で過ごした。

 けれどある日目を開けると、元の街だった。

 あいつが迎えに来てくれたのだと、あいつを探し回った。

 そして、同い年の少年を見つけた。

 そいつは、あいつは居なくなったと僕に言った。









 僕にとっての、――度目の人生。

 僕はまたあいつを忘れていたが、あいつと出会った。

 あいつは相変わらずひどい男だったが、何故だかあいつと離れられずに傍にいた。

 あいつは母の話ばかりをするひどいマザコンだったが、その母と会うことはかなわなかった。

 あいつは毎日毎日ひたすら絵を書いていた。

 ある日、あいつは血反吐を吐いた。

 医師にかかることも間に合わず、あいつは僕に一方的な約束を取り付けて、そのまま死んだ。

 あいつの希望するとおり、何も残らないようにその体を屠った。

 一つ一つ、約束を果たしていく。どれもとある女の家へ贈り物を届けるだけだった。

 意味がわからず途中でやめてやろうと思ったが、祟られそうでそれもできなかった。

 あいつはキレると危ない。

 浮気者めと言う言葉がなくなったのは、キャンバスを届けたとき。

 妙齢の女が、泣き腫らした顔で立っていた。

 彼女は僕を見て深く深く頭を下げた。彼女はあいつの話をすると喜んだ。たった一枚の写真を二人で何度も見返した。

 僕は彼女と暮らして、そして死んだ。





 僕にとっての、――度目の人生。

 僕たちは幼なじみだったが、ある日バラバラに売られて、僕は記憶を失った。

 その先で僕は大切な人ができて、彼らは僕を友人だと呼んでくれた。

 友人の一人は異世界から来た人で、僕は彼女を国へ返すために協力した。

 邪魔する奴を殺めることで、彼らを守った。そしてその邪魔ものの中に、あいつがいた。

 僕はあいつをあいつと気付かずに、ナイフを振るった。

 あいつは笑って僕を受け入れて、崩れ落ちた。

 我に返った僕を押しのけたのは友人と同郷の女で、そいつはあいつの名前を呼んで泣き叫んだ。

 邪魔をしていたのは僕だと後に気がついた。

 なんとか命を取り留めたあいつにそいつが抱きついて、また泣いた。

 あいつは今まで見たこともないような柔らかい笑顔でそいつを抱きしめた。

 胸が締めつけられるというのはこういうことかと、ぼんやりその二人を見つめていた。

 あいつは僕を見つけると、一言、謝った。

 何故謝ったのかもわからぬまま、またあいつは姿を消した。



 もうかいほうしてあげると、意味のわからない声が頭に残る。


 はじめてみた涙はたったひと粒で、すぐに砕けて、散った。


 あいつは今までどんなことにあっても泣いたりしなかったのに、あいつは泣いた。


 その涙を与えたのが僕ではないことがひどく憎たらしかった。


 その涙をもって僕に別れを告げたことが、またその憎しみを強くさせた。















 そして、また。

 僕はあいつと出会った。

 あいつはひどく穏やかな顔で子供たちの面倒を見ている。

 先生と慕われる姿を妙な居心地で眺めていると、僕に気づいたあいつは僕に笑いかけた。



「レイアさんも、一緒に遊びませんか」


 穏やかで柔らかい物腰。

 今までそんなものを向けられたことは一度もない。

 僕はそれが嫌で嫌で仕方なくて、首を振った。


「そうですか」


 呆気なくそう言って子供達と遊び始めたあいつは楽しそうだ。

 かつての枯渇はどこにもない。

 かつての横暴さも、どこにもなかった。

 そうですかじゃないだろう、前ならばこちらの言葉も聞かずに振り回していただろうとなじる言葉は出てこない。

 僕とあいつは、ただの同僚だった。






 これは、全て、僕の妄想。



 気持ちが悪いだろう?



 自覚の上だ。





 それでも僕はお前が欲しいんだ。


 どうしようもなく、焦がれている。


 お前は僕を覚えているか。


 僕の妄想を受け入れてくれるか。






 あいつは優しげな顔を止めて、僕を見据える。





 驚いたような瞳から、ぼろりと一つ、大粒の滴が零れた。





 ***






 俺は。












 私は。











 ***





 人生というやつは、みじかい。


 人間というやつは、忘れっぽい。



 誰もかれもが私を忘れ、なかったことにする。


 見慣れた顔の連中は素知らぬ顔で私に付きまとう。

 何度も何度も、同じような感情を向けて、やり直しを強要する。



 時には恋慕う相手として、時には憎む相手として、時にはただの通行人として、連中は私を見る。




 いつの間にやら笑うことも忘れて涙も枯れて、後戻りもできない。






 それでもいつしか私にも女神さまというのは手を差し伸べてくれるらしくて。




「もう、アカネさんは泣き虫なんだから」


 違う、きみが私を泣かせた。

 あいつのようにひたむきで、馬鹿で。


 さよならしたはずなのに、さよならしようと思ったはずなのに、きみは私にあいつを思い出させる。




「もしもアカネさんが私を忘れてしまっても、私はあなたのこと、ちゃんと覚えてるからね。

ずっと、大切にするからね」



 きみは私が捨てたものをすべて拾い上げて私におしつける。

 だから諦めないでなんて、そんな簡単に笑って見せて。



 でも、もう遅い。

 もう遅いよ。



 崖の上に立って、軋む胸を握り締める。


 また、私は死ぬ。

 そしてまた、あいつに会うんだろう。

 あいつはまた私を忘れて、馬鹿みたいについて回って。


 私はそれに、何も知らないふりをしなければいけない。

 はじめましてなんて白々しい言葉で笑って見せなければいけない。


 きみだったら、なんていうんだろうな。







”お前もどうせ、すぐ忘れる”




”お前みたいなやつ、誰がそう簡単に忘れるか!”





 でも、そんな強気な言葉が何故だか胸をくすぐって。



 確かに、私が覚えていれば十分かもな、なんて思うんだ。











 さあ、またやり直そう。



 きっと、今度はもっとうまくできるから。




















「はじめまして」



 にこりと笑って、慣れた挨拶。


 あれからまた何回か。




 俺はと言えばまた同じようなことをやって、相も変わらず記憶を飛ばしまくる馬鹿なあいつを笑ったりして。


 笑い飛ばせるまでに慣れたのもあの子のおかげかな、なんて懐かしんだりして。






 お前がお前のままだったら、もう、いいかななんて。



 知らない人のふりをした。

















「ざんこくなやつめ」



  ぼろりと、美しい顔立ちをした男の目から次から次へと涙があふれた。


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ふたり。 九条隼 @kujo8

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