『おめでとうおじさん』のお祝い
葵月詞菜
第1話 『おめでとうおじさん』のお祝い
テスト期間で授業時間短縮のため、いつもよりずっと早い時間だ。帰って勉強しろよという自分の心の中のツッコみは華麗にスルーすることに決めた。
(いや、ここ図書館だし、勉強して行けよって感じだけど)
薄暗い通路を決まったルートで歩くと、作業部屋に辿り着く。
ノックをして返事を待たずに扉を開けると、デスクチェアにふんぞり返った小学生の男の子がいた。
「よう、サクラ」
「ああ、弥鷹君。お帰り」
別に弥鷹の部屋でも何でもなく、むしろ部屋主は彼の方なのだが、サクラは弥鷹が現れるとそう言って出迎える。
サクラは机などに立て掛けるタイプのカレンダーを手に、眉を顰めてうんうんと唸っていた。何とも悩ましい表情である。
「どうした?」
弥鷹はソファーの上に高校の通学鞄を放り出して自分もその隣に腰を下ろした。
「もうすぐ、『おめでとうおじさん』がやってくる頃だなあって思って」
「は? 何だって?」
今よく分からない存在を聞いたような気がするのだが、聞き間違いだろうか。
サクラが「はあああ~」と大きなため息を吐いてデスクチェアの背凭れに仰向けに反り返った。
「だぁかぁらぁ~、『おめでとうおじさん』、がぁ、来るの~」
「……『おめでとうおじさん』?」
聞き間違いではなかった。自分のリスニングは正しかった。
しかし何だ、そのおめでたいニュアンス満載のおっさんとは。
弥鷹が訝し気に小首を傾げた所で、扉に小さなノックの音が響いた。
伸びていたサクラが起き上がり、カレンダーを机の上に放り投げた。
「ほら来たよ。絶対そうだよ」
「だから何が」
「だから『おめでとうおじさん』だってば!」
控えめなノックの音とは対照的に、バーン! と勢いよく扉が開いて弥鷹はビクリとした。
しかし視線の先には誰も見えない。
「?」
「弥鷹君、下だよ、下」
「え? ……!」
視線を下げると、そこに、いた。
身長三十センチくらいの、緑の服を着た小人が――小さいおっさんが。
「何!? 誰!?」
「ほっほっほ、おめでとう~!!」
小さいおっさんはどこからかクラッカーを取り出してパーン! と派手に鳴らす。
よく見ると豊かな白い髭を蓄え、背中には白い袋を背負っていた。
(……何かクリスマスの赤い人と似てるな)
弥鷹はそんなことを思ったが口には出さなかった。
サクラが呆れたような顔で小さいおっさんを見て肩を竦める。
「そろそろ来るんじゃないかと思ったよ」
「ほっほっほ、さすがサクラだなあ」
(ということは、これ……この小さいおっさんが『おめでとうおじさん』?)
弥鷹は言葉を発する気力もなく、ただ黙っておじさんとサクラを見ていた。
「小さいサクラ、三周年おめでとう~」
「……ありがとう」
「三周年?」
何が三周年なのか分からず訊くと、サクラが「ああ」とどうでもよさげに手を振りながら答えた。
「今日は僕がこの地下書庫に入り浸るようになった記念日なんだ」
「どんな記念日だ。勝手に入り浸ってるだけだろ」
「あはは、弥鷹君ひどいなあ。ちゃんとおじいちゃんの手伝いもしてるんだってば」
サクラは弥鷹のツッコみに愉快そうに笑った。
「言っとくけど、僕がここの地下書庫を任されてまだ三年なんだよ」
「お前のことだから赤ん坊の頃からここで泣きわめいてたんじゃないかと思ってた」
「あははは」
サクラは相変わらず笑っていたが、しかし三年か、と弥鷹は心の中では驚いていた。丁度弥鷹が中学三年間を過ごしている間から、彼はもうこの地下書庫にいたことになる。
この、時々――絶賛今もだが――不思議なことが起こる地下書庫に。
現在進行中で不思議現象といえる小さな『おめでとうおじさん』は、サクラと弥鷹が話している最中も「おめでとう~おめでとう~」と言いながら、どこから取り出したのか紙吹雪を飛ばしていた。
本当におめでたいおじさんである。
そのおじさんは、背負っていた白い袋の中から何かを取り出した。
出てきたのは、大中小の鍵が三つ。それらをサクラの方へと突き出した。
「うわあ、増えたよ……」
「ほっほっほ、三周年ですからな!」
げんなりしたように鍵を受け取るサクラに弥鷹は首を傾げる。
サクラはそれらをずいと弥鷹に向けて、
「弥鷹君、どれが良い? 選ばせてあげる」
「どれって……一体何の鍵なんだよ?」
「うーん、『おめでたい鍵』かなあ。……多分」
足元で愉快気に笑って紙吹雪を撒き散らすおじさんを一瞥し、弥鷹は中の鍵を指差した。
「では行きますぞ」
途端におじさんが扉の方に踵を返す。サクラがやれやれと後を追ったのに続く。
薄暗い通路をてくてくと進み、やがておじさんがある書架の前で立ち止まった。
「あれですな。小さいサクラ、ほれ」
「はいはい、分かったよ~」
サクラはあまり気乗りしない様子で示された本の背表紙に鍵を差した。鍵はまるで見えない鍵穴に吸い込まれるように入り、ぐるりと回る。
カチリと音がして、その本が勢いよく棚から飛び出した。
「うわ!」
驚く弥鷹の前で本が開き、ぼわんっと煙が立つ。そして直後にクラッカーの音。
「おっめでとーう! 小さいサクラ! 祝三周年!!」
「……」
目の前に姿を現したのは、黄色い衣装のおじさんだった。背は弥鷹と変わらないくらいだろうか。小さいおじさんと同じように豊かな髭を蓄え、背中には白い袋を背負っている。
「おめでとう~おめでとう~」
おじさん二人が言いながら紙吹雪を飛ばすのを見つつ、弥鷹はサクラを小突く。
「なあ、何これ?」
「……だから『おめでとうおじさん』だよ」
サクラはこめかみを押さえながら答えた。
もうツッコむことすらできない弥鷹に構わず、サクラは残りの大小の鍵をこちらに向けた。
「次、どっちにする?」
「……なあ、これ選ばなきゃダメか?」
「選ばないとこのおじさんたち消えてくれないんだよ。これが儀式なんだ」
「左様で」
(最後に小の鍵でプレゼントゲットとかあったりしないかなあ)
何となくの希望を精一杯抱きながら、大の鍵を選ぶ。
今度はおじさん二人が先に立って通路を進み、これまたある書架の前で立ち止まった。
先程と同じようにサクラが大の鍵を差して回す。
バン! というすごい音がしたかと思うと、太い声と爆竹音が炸裂した。
「おっめでとう~! めでたいなあ~! おめでとう小さいサクラ!」
出た、三人目。しかも今度は大きい。見上げて首が痛くなるほどの大きなおじさんだった。
橙の衣装に、やはり豊かな髭、背中には白い袋。書架の間で若干窮屈そうに紙吹雪を飛ばしている。
「……サクラ」
「もう聞かなくても分かるでしょ。『おめでとうおじさん』だよ」
ですよね、と頷きつつ、もう言葉が続かない。曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。
三人になって賑やかになったおじさんトリオは、期待の籠る眼差しでサクラが手にする小の鍵を見つめる。
「サクラ、それもまさか……」
「恐らくね」
「いや、でももしかしたら、万が一、ちゃんとしたプレゼントとか……」
「この流れであると思う?」
「……。でも、小の鍵だからきっとおじさんが出て来てもサイズはミニじゃあ……」
かくして、おじさんトリオについて行った先で三度目の鍵を差し込んで回す。
パチパチと気泡が弾けるような音がしたかと思うと、わらわらとたくさんの『何か』が本の中から降って来た。
「おめでとう~おめでとう~」
「小さいサクラ、おめでとう~」
「三周年、おめでとう~」
「なっ……!!」
弥鷹は絶句した。色とりどりのカラフルな衣装の小さい小さいおじさん――まさに手の平に乗るくらいの――が、白い袋をパラシュートのようにして次から次へと降って来る。口々に、サクラへのお祝いの言葉を叫びながら。
その横ではおじさんトリオがまた紙吹雪を舞わせている。
「……サクラ」
「『おめでとうおじさん』だよ、弥鷹君」
当のサクラも乾いた笑いを隠さずに、呆然と小さい小さい『おめでとうおじさん』を見ていた。
本の中からの『おめでとうおじさん』のシャワーが止まったのは、それから三分後のことだった。
「何だったんだ……」
『おめでとうおじさん』たちは、最後に全員で「おめでとう! 小さいサクラ!」と声を合わせて一瞬で消えてしまった。
本当に何だったんだろう。弥鷹には今までの不思議現象の中でも上位に食い込む不思議さだった――危害を加える存在でないことはありがたいけれど。
サクラがお茶を淹れてくれながら、小さく溜め息を吐いた。
「どうでも良いことを教えてあげるよ、弥鷹君。また来年もあの『おめでとうおじさん』はやってくるからね」
「まさか毎年来てるのか」
「そう、毎年来るんだよ。しかも来年は鍵が四つなんじゃないかなあ」
ぎょっとする。いや、確かサクラは今回もおじさんの来訪を予見していたような――カレンダーを見ながら憂鬱そうだった表情に合点がいった。
「……頑張れ、サクラ」
「何言ってるの。弥鷹君も巻き込むからよろしく」
それを聞いて、弥鷹は今日の日付を忘れまいと思った。
『おめでとうおじさん』のお祝い 葵月詞菜 @kotosa3
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