終結の如月

しな

3年目の終戦

 いつ敵が攻めてくるかも分からない、そんな恐怖に怯えながら寝なくても良いと考えるとどれだけ寝心地のいいことだろうか――そんな安心感のせいか最近は中々起きることができない。

 だが、それはそれでいい事なのではないか、そう思う。

 少なくとも数年前の今頃は恐怖や不安で寝る所ではなかっただろう。


 ――中々起きられないと言いつつもこの日だけは毎年いつもより格段に早起きできる。

 ベッドから体を起こし時計を見ると、まだ6時を少し過ぎたくらいだった。

 "彼"との約束まで、まだあと3時間程ある。

 余裕を持って朝の支度を終えるが、まだ時刻は7時を回ったばかりだった。


「いつもギリギリだからな……少し早めに向かうとするか」


 まだ夢の中であろう妻と娘に小さく「いってきます」を言い外へと出る。

 まだ割と早い時間にも関わらず、祝日の街は慌ただしく人が往来していた。

 "彼"の元へと行くのに手ぶらでは失礼極まりないので行きしに花屋へとよる。

 花屋には色とりどりの綺麗な花が所狭しと並んでいた。

 その中から一際綺麗な真鍮色しんちゅうしょくで塗られた菊を束にしてもらった。

 菊の花束を小脇に抱え目的地の広場まで辿り着く。

 時計を確認すると、まだ8時を過ぎた頃だった。


 8時過ぎだというのに広場はたくさんの人達がいた。

 まだ、待ち合わせには1時間も早いが、既にそこに"彼"はいた。


「どうだいローレンス、今年はいつもより1時間も早く来たぞ」


 そんなことを言っても彼は何を言うわけでもなく、ただそこに佇んでいた。

 彼の傍へと歩み寄ると、彼に花束を


「今年の菊はどうだ? なにせ時間に余裕があったんでじっくりと選んだんだ。気に入ってくれたかい?」


 彼は何も言わないがきっと気に入ってくれただろうと自分に言い聞かせる――そう言い聞かせないと、俺の気が持たないからだ。ただでさえこの広場には沢山の人がいる。それに、その人達もローレンスと同じく何を言おうが返事を返さない――というかのだ。

 ここにいる人達は皆、人の体からただの石版へと姿を変えているのだから。

 ここは墓地だ、あの忌まわしき戦争の犠牲となった者達の。


 2120年2月26日一発の銃声が戦いの始まりを告げた。

 その一発に共鳴するかのように辺りからは無数の銃声と悲鳴が戦場を飛び交った。


 当時19歳という若さで出兵した俺は周囲の大人から、貧弱だの噛ませ犬だのと小馬鹿にされてきた。

 しかし、それは俺だけではなかった。

 今は亡き友ローレンスも19歳で出兵しており、俺と同じく周囲から馬鹿にされていた。


 ――悔しかった、だから見返そうと決心した。そんな利害の一致からだったのかもしれない。俺はその日から、ローレンスと行動を共にした。

 苦しい訓練も周りからの嫌がらせも二人で必死に耐え抜いた。

 そしてある日、俺達はある小隊に配属された。そのチームは小隊とは言い難いものだった。何故なら、俺とローレンス含む3人で構成されていたからだ。

 基本は、小隊でも少なくとも30~60人で編成されるにも関わらず俺の小隊はたったの3人だった。


 ――絶望した。まるで、俺達に死ねと言っているようにしか取れなかった。

 この小隊の残りの1人それは、《アダム》という男だった。

 年齢は俺達と同じかそれ以下なのに、彼から感じるこの落ち着きようは俺らのそれとはかけ離れていた。


 何故彼があんなにも落ち着いていたのか、何故この小隊が3人なのかそれは、戦いが始まってものの数分で理解できた。


 ――強過ぎたのだ。まともな武器は腰に下げた2丁のハンドガンだけにも関わらず次々と敵を屠っていった。

 だが、彼が何故ハンドガンしか装備していないか理解したのは数時間後だった。

 最初は彼の動きに圧倒されていたが、段々と周りを見る余裕が生まれてきてからだった。

 彼の周りには、うごめく銀色の触手の様なものがあった。

 その触手は明らかにアダムが意のままに操っていた。

 敵国の兵士は、その触手の様なものに体中を串刺しにされ、鮮血を噴き出しながら続々と倒れていった。

 恐らく人を殺したのは初めてのはずなのに彼からは動揺や躊躇といったものは全く存在していないようだった。

 それは、まるでどこか機械みたいだった。


 ――そんな事を考えていると、いつの間にかローレンスの墓を後にしアダムの墓の前までやって来ていた。

 墓標に掘ってある彫刻の文字を指でなぞりながら知らず知らずのうちに呟いていた。


「アダムここに眠る……か。本当に死んだのかな……俺は信じてますよ、どこか遠い、争いとは無縁な場所で豊かな家庭を築いていることを……」


 時計を見ると既に時刻は10時を回っていた。

 ここに眠る全ての人達の冥福を祈ると家へ向かう。

 家へ着くと直ぐに車へ乗りこみエンジンをかける。

 待ってましたと言わんばかりにエンジンが吠え、車を加速させる。

 1時間程走ると広大な平原へと辿り着いた。

 俺達が初めて戦争を経験した平原、《エアスト平原》だ。

 目を瞑ればあの日の記憶が蘇りそうな程あの日から何も変わってなかった。

 血の匂いが仄かに混ざった風に血の染み込んだ粗い土、そこら中に散乱した兵器の残骸。

 まるで、あの日にいるようだった。


 少し平原を徘徊してみることにした。

 歩く度に土を踏む音と鉄くずを踏む音が混ざり異様な音を作り出した。

 そこらに転がる石には無数の弾痕や、熱によって焦げ、黒く変色しているものばかりだった。

 風が強く吹き付けコートの裾がバサバサと音を立て舞った。

 少し先でも何かが宙に舞ったのを視認した。

 急いで駆け寄り宙に舞ったそれを拾い上げる。

 ――手帳の様なものだった。中を開いてみると、そこには《身分証明》と書かれていた。名前の欄を見ると、レイモンド=ローレンスと書かれていた。

 それを見た瞬間、双眸を伝う暑いものに気付いた。


「そうか……お前、なくしたとか言ってたけどこんなとこに落としてたんだな……」


 ローレンスの身分証明書をそっとポケットにしまい持ち帰る。

 家に帰ると、既に正午を過ぎていた。

 家の扉を開けると、妻と娘が笑顔で迎えてくれた。


「今年もあそこに行ってたの?」


「あぁ、ローレンスとアダムさんの所にね」


「パパ見て! これ作ったの!」


 今年で5歳になる娘がまだ舌足らずな口調で花の輪を持って駆け寄ってくる。

 こんな時間がどれだけ幸せか、生きている内に知れてよかったと心底思う。

 すると、大きな音で街中に今から黙祷を執り行う事が知らせられた。


「いいかいお父さんを真似してやるんだよ?」


 すると娘は元気よく頷くと、目を閉じて手を胸の前で組んで静止した。

 ちゃんとできていることを確認する。


 ――二度とこんな争いをしてはならない。争いが生むのは"恐怖"や"絶望"だ。

 この終戦"三周年"で改めて争うことの無益さや虚しさを知ることができた。

 こんなことを思うのは俺が元軍人だからかは定かではないが、この先二度とこんな争いが起こらないよう何か出来ることは無いかそんな事を考えながら、ローレンスの身分証明書を胸に、俺は静かに目を閉じた。

















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終結の如月 しな @asuno_kyo

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