第21話 愚か者の一族
「私も年をとったね」
リリィは川から少し離れた岩を覗き込んでいた。岩は皿状に窪み、手のひらでも十分にすくえそうなほどに水が溜まっていた。陽が差し込み、リリィの顔を映し返している。
「今のリリィが、きっと一番美しい」
ググゥはリリィよりも数歩離れた川縁の岩に立っていた。散っている岩を渡り、そこから先は足場となりそうな岩はもうなかった。足元の清らかな水面には鳥の姿をした自分が映っている。
「その淋しげで、疲れがちな目元」
「私は嫌い」
「リリィの目が好きさ。その瞳を見つめていれば、あと五回は恋に落ちるだろう。瞳を覗いては愛を囁き、リリィがくすぐったそうに口元を緩めたら、そのたびにキスして塞ぐさ」
「ググゥ……」
振り返ったとき、リリィが涙を流しながらすぐ後ろに立っていた。無理やりに作った微笑みを浮かべて。ミュールを履いたまま川の中に突っ立ち、太陽を背に浮かぶシルエットは、やはり脆そうな人形の姿を思わせる。
「リリィは嫌がるだろうけどね、僕は早く年をとりたい。年をとったリリィが、年をとっていくリリィのことがすごく楽しみなんだ」
「ググゥはいつも変なことばかり言う」
視線を再びリリィの足元に落とした。ワンピースの裾も僅かに水に浸かっている。脛や踝には細かいひっかき傷があった。赤い痕の血はもう固まっている。きっと雑木の斜面を駆け降りたときについたものだろう。そのような、今はどうでもよいことばかりに目がいってしまう。
なかなか視線をあげられなかった。リリィの涙と対峙するには、もう少し時間が欲しかった。
「ググゥ、あなたはどうしてそう思えるの?」
リリィの声は震えていた。
「言わなかったかい? 僕は『愚か者』の一族だからさ」
ググゥの声のほうがもっと震えていた。
ここまで言い終えると、リリィの顔の高さまで飛びあがった。
広げた翼でリリィの顔を包み込んであげる。
全身でリリィを抱きしめたかった。胸と翼から感じられるリリィも美しかった。匂いも心地よく伝わってくる。そして嗚咽も。
リリィは泣きじゃくっていた。
「ありがとう……」
その言葉を心に溶かすと、ググゥはリリィの唇を塞いだ。
そのまま重心を後ろへ傾けると、川面は水しぶきをあげた。真っ白な画用紙にはねた一滴のインクのような染みを残して。
リリィの涙を、正面からその総てを受け止めてあげたかった。
――それはできたのだろうか?
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