もとやまのおしごと!

キム

もとやまのおしごと!

「この参考書を買って、と」


 私は今、家の近所にある大きめの書店に参考書を買いに来ていた。

 高校に入学してから一年間はろくに勉強もせずに赤点ギリギリだったが、今はとても勉強をやる気に満ちている。

 というのも、同じ部活の先輩がちょっと偏差値が高めの大学を目指すというのを耳にして、私もその大学に入りたいと思ったからだ。

 私はもうじき二年生になるが、今から勉強をすればきっと間に合う。そして先輩と一緒にキャンパスライフをエンジョイするのだ!


「さて、あとは少しライトノベルを見ていこう」

 とは言っても勉強ばかりでは退屈になってしまうから、と自分に言い訳をしながら、好きなライトノベルのコーナーを目指す。

 目的の棚にたどり着くと、何やら見慣れないタブレットが設置されていることに気がついた。画面を見てみると、丸眼鏡を掛けて耳を生やしている女の子が笑顔でこちらを見ていた。少し表情が動いたり耳がピクピクしているから、どうやら動画のようだ。


「あっ! おはらの! ライトノベルとあなたを結ぶVtuber、本山らのです!」


 タブレットの中で女の子が自己紹介をしている。ライトノベル販促用の動画だろうか。それにしては、何の作品を紹介しているのかさっぱり伝わってこないが……。

「あれ? もしもーし、聞こえてますかー?」

 話し相手に声が届いていないようなそぶりを見せている。これも何かの演出なのかな?

 などと思いながらその動画を見続けてしまう。

「ヘーイ、そこの参考書を抱えた制服姿のカーノジョー」

「えっ、私?」

 あれ、私のことを呼んだ? いや、でもまさか……。

「あ、良かった。聞こえてるみたいですね」

「……あのー、もしかしてこれって、今お話ししてます?」

「そうですよ! お話してます! なうです! 改めまして、本山らのといいます。現在、こちらのお店にバーチャル書店員として務めさせて頂いてます!」

「バーチャル、書店員?」

 はて、それぞれの単語の意味は分かるが、それが組み合わさった言葉は耳にしたことがなかった。

「はい。お客様からどんな感じのライトノベルを読みたいかを聞いて、私からオススメの作品を紹介させて頂いてます!」

 へー、そんな人がいるんだ。本山らのさん。何とも面白いことをしているなあ。


「何か、好きなジャンルとか、こういう作品を読んでみたいっていうものは、ありますか?」

「うーん……」

 普段読むライトノベルは、アニメ化されている作品だったり友達がオススメしてくれたものだったりするので、あんまりジャンルに拘りなく読んでいる。

 あとは今、読んでみたい作品というと……。

「あ、そうだ。私、同じ部活の一個上の先輩に恋をしているんですけど、告白する勇気が出るようなライトノベルってありますか?」

 自分で言っていてあまりにもピンポイントだなあ、などと思ってしまう。こんな内容に合った作品がはたして思いつくのだろうか?

 などと考えながら本山さんの反応を伺っていると。

「おお! 青春していていいですねえ。えっと、高校生……部活……先輩後輩……あ、あれがいいかな」

 本山さんが独り言を言った後に、何やらキーボードの打鍵音とマウスを操作する音が聞こえてくる。

「よしっと。今送りますね」

 ターンと一際大きな打鍵音が聞こえてから数秒待っていると、タブレットの下にあった機械からレシートのような長い紙が排出された。

 それを千切って手に取ってみると、作品のタイトルと棚番号が書かれていた。棚番号はどうやらこのお店のもののようだ。

「1-21-Mの棚にあるその作品が、今のあなたにオススメですよ」

 こんなピンポイントな内容に合ったものが瞬時に思い浮かぶなんて、彼女は何者なのだろうか。ひょっとしたら中の人などはいなくて、超高度なAIなのかもしれない。

「ありがとうございます。早速買って帰りますね」

「はい! ぜひ読んでみてください。ではでは、さよならの〜」


 バーチャル書店員。

 最初はちょっと驚いたけど、なんだか面白かったな。

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